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  ──そして。
  ──そして、あたしは、夢歩きの最後の物語へ辿り着く。

 ひどく暗い場所だった。
 でも、違うよ。今までにあたしが見てきたいろんな場所にも暗がりはあったけど、そういう暗さじゃない。もっと別の暗さ。昏さ。空に輝く太陽と、それを覆ってしまう灰色の雲はあまり関係がないのだと思う。

 そこは、建物の中だった。
 暗い暗い建物の中。

 閉じ込められてる。
 そんな風にあたしは思う。

 あたしが?
 ううん、あたしじゃないんだ。
 ここに閉じ込められてしまったのは、あたしじゃなくて、きっと別のひと。
 誰かがここにいる。
 誰もいない、暗いだけで、寂しい場所に、閉じ込められて。

「ここは、雷電の物語だよ」

 あたしの足下で影が言った。
 あたしの足下で暗がりに混じった影のかたちのままのAが言った。
 雷電? かみなり?

 そんなのおかしいよってあたしは思う。
 だってここは雲の中じゃない。確かに暗いけど、暗い雲の中じゃない。
 あたしは知ってるよ。知ったんだ。空を駆ける1輌だけの地下鉄から、この目で見て、知ったことがある。雷っていうものは、暗い空の中で光るものだってこと。

 ここに雷はないよ。
 そう、あたしは言おうとして──

「誰だ」

 声。聞こえた。
 男のひとの声だった。

 聞いたことない、よね。うん。聞き覚えのない誰かの声。
 落ちていく時に聞いた“あの子”の声っていうか、不思議な声とは全然違う。
 すぐそこにいる誰かの声。
 誰?

「貴女は、誰だ」

 ──あたしはリリィだよ。

「リリィ」

 ──うん。リリィ・ザ・ストレンジャーって呼ぶひともいるけど。

 あれ?

 あれれ?

 声が出ない。ニャアって鳴き声にもなってないんだ。
 唇を開いて舌を動かして、喉震わせて声を出してるつもりなのに、ちゃんとした声にならない。言おうって思ってるのに声が出ない。
 声。出てないよね。

 なのに、暗がりの奥まった場所にいる誰かには聞こえているみたいで。
 あたしは不思議に思いながら──

 一歩。前に出て。

 ──きみは、誰?

「私は……」

 ──きみは?

「……私は名乗る価値もない者だ。
 戦いに敗北し、このアルカトラズ時間牢獄に囚われた無力な男だ」

 アルカトラズ?
 言葉の意味はよくわからない。
 言葉の意味よりも、あたしは、この男のひとのことが気になってしまう。
 だって、このひと、さ。

 涙を。
 流してる。

 どうして?

 ──どうして、きみは涙を流しているの。

「私は守れなかったのだ。
 かの都市に暮らす幾百万の人々を守ることができなかった。
 第1の現象数式実験は成され、遠きカダスの地においても、第2の現象数式実験が成されてしまった。私だ。この私の無力が故に、無辜の人々が傷付いた」

 ──守りたかったのに、守れなかった。

「そうだ。
 黄金に輝く誰かよ。
 尊くも輝く誰かよ。
 貴女は、何だ」

 ──あたしは、リリィ。

「貴女は私を断罪する者か。
 嘆きの壁に覆われたこの私を、断罪し、死を与える者か」

 ──あたし、そんなこと、しない。

「ならば、何のために」

 ──ごめんね。わからない。

「……」

 ──きみは、何をして欲しいの。

「断罪を。私は最早、生を啜る価値さえない。
 価値なき生をこれ以上続けることに、私は耐えられないだろう」

 ──そんなこと、言わないで。

「だが、私だ。
 私が無辜の幾百万の人々を守り切れなかった事実。
 苦悶と嘆きが《幻異》なりし影(shadow)どもを喚んだ事実。
 私は断罪される他に、死する他に、最早、生の意味を見い出せない」

 ──意味が欲しいの?

「……」

 ──それじゃあ、あたしが意味をあげる。

「何?」

 ──多くのひとを傷付けたなら、それと同じ数のひとを。

「同じ数……」

 ──きみが、助けてあげて。

「何……」

 ──だから、意味がないなんて、言わないで。

 

 



 

「ああ……」

 そうして──

 男のひとは深く深く息を吐いた。
 その時、あたしはようやく彼のことがわかった。ううん、彼が誰で、どんなひとかをわかったってことじゃない。彼が置かれている状況。黒い鎖に繋がれて、両腕を広げて、跪いて。何かに祈るみたいに頭を垂れた彼。
  暗がりの中で、牢獄の中で、少しも動くことのできない彼。

 鎖の軋む音がした。
 それと、どこかで何かが輝くような気配があって。

「黄金の貴女。輝きの貴女。
 我が前に顕れた美しき   よ。
 私は、卑しくもその言葉を祝福と受け止めよう」

 ──うん?

「人を佑(たす)けよと貴女が言うならば、
 この私は、此より、命尽きるまでにその100の倍の人を佑けよう」

 そう言って──

 男のひとが顔を上げる。
 その瞳には輝きがあるように見えたけど、でも、まだ、瞳からは雫が落ちる。
 なぜ。どうして?

 きみの言葉は、とても、とても、力強いものだったのに。
 死にたい、なんて言うのを止めてくれたのに。
 なぜ。どうして?

 まだ、瞳を流れ落ちるものがある。
 彼の瞳から──

 とめどなく溢れる──

 涙──

 ──なぜ、きみはまだ泣いているの。

「貴女にはわかるまい。
 魔女よ。輝きの黄金なるものよ。
 この私が何故、貴女を目にして涙するか」

 ──なぜ?

「貴女の母の遠き父祖を私は知っている。
 貴女の父祖より鳳(おおとり)の雷とフランクリン機械帯を賜った私は、しかし、それによって誰をも救うことができなかったのだ。そうだ。誰をも」

 ──救う? 誰を?

「だが」

 涙を流したまま彼の瞳の輝きが燃え盛る。
 それは、まるで──

 うん。まるで、空に輝く雷みたいにあたしには思えて。
 激しくて、鋭くて、強いそれを見て、あたしは、素直にすごいなって思う。
 すごい。
 このひとの瞳、雷をぎゅっと押し込めてかたちにしたかのよう。

 彼はあたしに向かって言った。
 空を見上げて、太陽の眩さに瞼を細めた時のAと似た顔をして

「私は貴女より祝福を賜った。
 なれば、私は、此より先は何者にも屈しはしない」

 

「たとえ、万象が立ち塞がろうとも」