──1908年某月某日。 この数日間でまったく予想することのなかった言葉を聞いて、調査探偵モニカ・ヌーヴェルバーグがまずしたことは自分の正気を疑うこと、次にこれが夢であって自分は本当は夜のベッドですやすやと眠っていると想像すること、更にはこれが白昼夢であるかも知れないと予想までしてみたが。現実だった。 婦人Eが命を落とすことはおよそ間違いないはずだった。 CIGの動向や力の配分を注意深く探ることである程度の予測は立てられるやも知れないものの、もはや外部の《血塗られた舌》に依頼を行った時点でCIGそのものは婦人Eに関する行動を止めている。わかり得るものは多くない。 情報が届いた。 すなわち── 『教団《血塗られた舌》の潰走』 『この2日間で各国の教団拠点が襲撃され、壊滅』 『拠点の教団員たちは重症を負い、 『目撃情報』 『教団施設付近で目撃された襲撃者は、必ず、1名』 『必ず1名が目撃されている。 電撃的な行動。 《白い男》だった。 先進国家の諜報・情報組織が行方を追い続ける重要人物。と、されている。 彼が、6年の沈黙を経て世界への帰還を果たしたのか── 「そんな訳ないじゃない」 「で、でも」 「ない」 ぴしゃり。とセルマは言ってのけた。 モニカがまた我を失っているからだった。 「そもそも! 「でも、でも《白い男》ならできるかも知れない」 「できない!」 「じゃあ複数犯で……」 「だったら《白い男》なんていないのよ。 「でも」 「でも、じゃなーい!」 でも。 伝説が帰ってきたのかも知れない。 理由は幾つかある。 兎も角も、そんなモニカにとって《白い男》は偶像だった。 実在しているかもわからない相手を、なぜ、モニカは想うのか。 つまり。 ──モニカは、かつて、命を救われたのだ。
◆ ◆ ◆
「ね。A」 「何だい、リリィ」 「スイミンガクシュウって、何?」 「昨日、説明した通りだよ」 「あれじゃよくわかんない。説明して」 「睡眠学習。きみが眠っている間も本の内容を読み上げ、無意識状態のきみの頭脳へ、情報を刷り込むということだよ。意識せずとも学習を行わせる、という、一部のメスメル碩学の間で試験的に取り扱われている学説であり、未だ実証されたものとは言い難いが」 「怒るよ?」 「……」 「あたし、怒ってるよ?」 「困ったな」 「困るなら困った顔で言って。 「すまない」 「うん。つまり、どういうことなの?」 「つまり」 「簡単に言ってね」 「ああ」 「かみくだいてね。あたしがわかるくらいに」 「……注意しよう」 「うん。お願い。はい、どうぞ」 「きみが夢だと思ったものは、 「つづけて」 「リリィ」 「つ づ け て」 「きみは、オカルティストの語る“夢歩き”を行ったのではなく、 「……」 「リリィ」 「……」 「リリィ?」 「……嫌い! 嫌い! 大ッ嫌い!」
──そして。
紫影のソナーニル・ノベルブック『ヒュプノスの魔眼』へつづく |
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