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──見覚え、だと思う。 |
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あたしは痛みに強いほうじゃない、そういう自覚はある。怪我をしたらすぐ泣く子だったから。でも、あたしは、歯を食いしばって、頭の奥の痛みと胸の奥の嫌な塊に耐えながら、ひとりきりの車輌で我慢をして。 初めて、ううん、以前来た時と同じ妙な感覚を味わって。 はっきりとした見覚えはない。やっぱり、ない。行き交う異形の人々を見つめても心あたりは何もない、沸き上がる記憶も、ああそうかという実感も何ひとつないというのに。 あたしはきっと知っていた。 無限雑踏街の中を歩く。あの時と違って、地図情報のプリントアウトはないけれど、道はわかるから。 以前、来たから? 「……第7層、28区域」 小さく、小さく呟いて。 呟きながらあたしは歩いていく。まただ。最寄りのモノレール駅で降りずにこんな人混みの中へと降りてしまったことには途中で気付いたけれど、どうしようもない。あの時とほとんど同じ。 恐いだなんて思わない。 あたしは。 ──思い出せなくても。 胸が高鳴っている。 頭が痛い。 ──歩く。 そして、あたしは辿り着く。第7層28区域のA−3アパルトメント跡。そう、跡。 瓦礫の山があるだけの。 かろうじて建物の形を保って人の生活の気配があるのはその周囲で、肝心のA−3アパルトメントは、うん、やっぱり、影も形もない。瓦礫の山が積み上げられているだけ。 「……まだ、残ってた……」 あたしは声を漏らす。 あたしは安堵する。 前はここで立ち止まった。 最後だから。工事用の機関車輌が動いてしまえば、ここには何もなくなってしまうから。瓦礫さえも消えてしまうから。だからあたしは、瓦礫の中へと、進む。 転びそうになりながら。 危ない、と思った時にはもう転んでいた。ヒールのある靴なんか履いているのがいけないんだ。あたしは靴を脱ぎ捨てると、また、よじ登る。 なぜそうするのか、自分でもわからない。 そう思うから。 自然と── 「ここが、玄関で」 唇から── 「ここが、リビング」 声が── 「ここ、キッチンね」 漏れる── 「ここは……」 「そこは、彼の寝室だったね」 あたし以外の誰かの声。あたしは、その時、もう殆ど何も考えられていなかったと思う。走って、歩いて、よじ登って、もう体は疲れ果てていて、頭もぼんやりとしていて。うわごとに近いあたしの呟きが何であるのかとか、誰かが聞いているとか、そういうことは一切考えていなくて。 だから。 声をかけてきた“誰か”を見るの。 「覚えているの、アティ」 きれいな声。聞き覚えのない声。誰、あなた。 ──男の子か女の子かわからない。 覚えている。 「あなた……」 自然と、あたしは手を差し伸べていた。 「アティ」 その子はあたしの名を呼んだ。 「あなたは」 あたしと同じように瓦礫の中に立ち尽くして。 「何を願うの」 ──あたしが、何を、願う? 「あたしは……あたし、は……」 ──あたしは。 ──痛み。 ──空白。 ──そして、胸が張り裂けそうなほどの不安。 「あたしは……」 ──あたしを、アティ・クストスを苛むものすべて。 「……あたし、は……」 「何を願うの」 「……あたし、の……願い、は……」 あたしは告げる。
「………………」
あたしは瞼を閉じる。 そして。 ポルシオンと呼ばれた子は手を差し伸べる。 ──その時。 ──あたしには。
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