「フランクリンさまのお屋敷? 「ありがとうございます」 言葉を交わしたのはこのくらいのもの。 ただ、うっすらと、遠い懐かしさがある。 ウェストバンクーバー郊外。 綺麗な空だった。ええ。そうね。 でも── 本当の空を見せて貰ったわたしには、もう、今までのように黒ずみの比較的少ない雲に覆い尽くされた空を指して「晴れている」と言うことはできない。 わたしの瞳には見えてしまう。 ウェストバンクーバーの雄大な自然。 ──透き通る青空へと変わっていく光景が。 「──」 わたしは胸を押さえていた。 「……アラン」 あなたの名前を呟いていた。 ──アラン。わたし、あなたのことを想って。 涙は流さなかった。 だって、ほら。見て。 さあ。歩こう。 大叔父さまの屋敷まで。
◆ ◆ ◆ ──とても、不思議な感覚だった。 それは、合衆国の某州にある大叔父さまのお屋敷と同じ形をしていた。 奇妙な光景だったけれど、不思議と違和感の類はなかった。 世界中を埋め尽くす機関群。 ほら。こうして目にする、窓向こうに大きく見える湖。 先刻もそう思えたけれど、やはり、湖の水も比較的汚染度が低いように思える。 「……水」 ふと、思う。 はっきりと思い出そうとすると、奇妙なことに気付いてしまう。 暗くたゆたうものを記憶している。 でも、あれは、海ではなかったように思えてならない。 「ね。リリィ」 わたしは囁く── 「あなたは、本物の海を見たら何て言うのでしょうね。 ──たとえば、すぐ近くにいる誰かへ。 あの子とわたしの不思議な“繋がり”は、今や、断たれてしまっていて。 ねえ。リリィ。大好きなあなた。 何の根拠もないけれど。 そして、その確信はわたしに勇気をくれる。 どこかで旅するあなたを想うたびに、わたしは勇気を貰う。 リリィ。 「どうか、あなたの旅に、素敵な青空を」 囁いて── その少し後だった。 書斎。きっとわざと照明を半ば落とした、暗い部屋。そこに、あの方はいらした。背の高い男性。矍鑠とした、という表現が正しいのかどうか迷ってしまうのは以前の時、すなわち、初めてお会いした時と同じだった。 ──大叔父さま。 柔らかな印象の祖母とは違って。 以前の時にもそうだった。 大叔父さま── 「大叔父さま」 「言うな。エリシア」 彼は、言葉を遮って──
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銃口が。向けられていた。 「如何なる判断かは知らぬ。 ──現実感が。 たとえば、待合室から眺める風景は穏やかなものであると感じられた。 そして、およそ1年ぶりにお会いした大叔父さまから投げ掛けられる視線は、これまでの人生でわたしが見てきた“人の視線”の中で、最も険しい部類だった。 「エリシア」 彼が静かに告げる。 「助力は一度きり。以降、お前は俺の親族ではない。 鈍い鋼色の銃口がわたしに向いている。 ──何故? 現実感がない。 だから。 さあ。言葉を述べて。 「はい」 「そうか」 助力は一度きり、と彼は先年に告げていた。 それでも。わたしは、ここにいる。 そうすべきだと、わたしは、考えたから。 「であるのに、何故、俺に会おうと決めた?」 「直接、お願いしたいことがあります」 「勘違いするな。エリシア。 「感謝を──」 「お前の感謝など必要ない。 「お望み、でしたら」 「黙れ」 「お返しになるなら、わたしは」 「喋るな」 ──喋るなと、言われても。 ──もしも、ここで殺されるのだとしたら。 ──それより前に伝えよう。 ──だから、アラン。どうか、わたしが選ぶ言葉を守って。 「ふたり、の……」 「黙れ」 「ふたりの、友人が、います。 「何?」 銃口が、僅かに揺れる。 「わたしは、多くの法律に違反しています。 「なるほど」 彼は、大叔父さまは静かに頷いた。 「ならば、これは、俺からの最後の慈悲だ」
──引き金を絞る音。
〜第二回へ続く |