──それは、廃墟都市の果てであのひとの声を聞いた後のこと。 雑踏の響きはどの都市でも似たようなものだと言われるけれど。 西暦1908年。 永遠の曇り空は何処の都市とも変わらない。 だからこその……。 連邦の人々は自然の維持を誇りとしている、と物の本には記されている。 未だ残る、都市と人々の独特の穏やかさ。 わたしには心地良く感じられてならない。 だって、思うの。 わたしは、そう、感じてしまう。 行き交う人。言葉交わす人。交わり続ける、人々の生きる証。 人。街。賑やかさ、雑踏。繁栄と、それのもたらす夢の類。輝ける明日が来ることを決して疑うことのない、疑う必要のない、命の気配。 「……人のいる都市」 ぽつり。と── ひとりごとは、昨年末の旅からの癖。 多脚式歩行鞄。ジョン。 先ほどチェックインしたホテルの部屋の中で、ばらばらのパーツになってジョンは眠っている。組み上げてしまうとジョンの体躯は目立ってしまうから、ばらばらに。だから、現在の私は大小幾つもの鞄と共に移動する一般的な享楽的旅行者、という体になる。飛行場やホテルの荷物移送サービスを、最大限、活用して。 旅行。ええ……。 わたしは僅かに息を吐きながら思う。 「ゆっくりするのは久しぶり。ね。 |
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煤よけの帽子を被ったままだから、少し、手元が暗い。 手帳を取って記入することも久しぶり。 この手帳にはすべてが記されている。 ──わたしが廃墟都市を旅した証。 こうして、合衆国を出て、エリシア・ウェントワースではない名前と旅券を用いてカナダ連邦へと至っても。ホテルのチェックインの名前もエリシアでなくなっても、わたしがNYを旅したわたしであるということはこの手帳が証明してくれる。 でも、これには、わたしの想いが込められているのだから。 「誰かに、読んで貰える機会」 ──あると、嬉しい。そう思う。 また。小さく呟く。 手帳に記した旅の足跡を保存、保管したいと申し出てくれた人たちがいた。 わたしの旅のことを? あの街に、確かに、人々が生きていたということを。 連絡を受けて、わたしは、手続きの通りに複写したものを送付した。 でも、仕方のないこと。 法を侵したという事実は変わらない。 「ヴィヴィ」 わたしは呟く。 「セルヴァン」 ──小さく呟く。 わたしの旅に協力してくれたふたりの友人たち。親友。 セルヴァンは、南部連合の丈夫なブーツや外套、食糧を調えてくれた。 ヴィヴィは、旅に際してのあらゆる事態を考えてくれた。 ね。ヴィヴィ。一緒に幾晩も考えたわね。 わたしは── わたしは、そんなふたりにまた迷惑を掛けている。 わたしは、沢山、沢山、貰ってばかり。 ──あの方からの言葉。短い電信文だった。 手段は問わない。 旅を終えて、わたしは“あること”のためにあの方との接触を望んだ。 その返答が電信文だった。合衆国を出ろ、と。 そして……。 「ごめん」 ここにいないヴィヴィへ、わたしは呟く。 合衆国を発つ前に、わたしはヴィヴィにすべてを話した。 ヴィヴィは、何度も、何度も、頷いてくれた。 「ごめんね。 届かない言葉を、また、呟く。 ごめん。ヴィヴィ。 今すぐにでも電信を掛けたい。 けれど。 あの方からきつく戒められていた。 「……大叔父さま」 そう。あの方。 秘匿された旧NYに関する公文書を入手してくれたひと。 あの方の指示でわたしはここにいる。 わたしは国を離れて。 大叔父さまからの“使い”を待っている──
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