日暮れの中、お医者さまからの帰り道。機関精霊を傍らに連れてどこかへと急ぐミスター・Mの後ろ姿を第2層商業区画の大通りで見掛けて、あたしは声を掛けなかった。あのぶんなら晩にあたしのコンドミニアムへ上がり込んでくることはないだろうから、今夜の夕食はひとりぶんで良いわね、と肩を竦めて。
ひとりぶんの料理を作って。
ひとりで食べて。
誰かに「ほら、こんなに器用なの」と自慢したい気持ちに駆られたけれど、ぎりぎりで耐えていた頭痛がまた酷くなってしまって。
あたしは──
あたしはきっと泣いたのだと思う。
痛くて痛くて、頭が痛くて、なぜだか一緒に、胸の奥まで痛くなって。頭痛で泣いたりなんかしない。それぐらい我慢する。でも。
この胸の痛み。
何。何よ、こんなの。
痛みなのかどうかも本当はよくわからない。胸の奥、あたしが震える手で掴んだ胸のずっとずっと奥が、酷く──つらくて。切なくて。苦しくて。
耐えられなくて。
ペットでも飼おうかな、とうっすら思いながら。
ひとりきりの部屋で、あたしは、泣いたのだと思う。
──ひとりで泣くのは嫌。
──ひとりでこんな風に泣いてしまうのは嫌。
「何よ」
──上質なカーペットに雫が落ちて。
「こんな」
──あたしは、疼く胸を押さえて。
「痛み」
──ぜえはあという音が耳の裏側で聞こえて。
「あたしは」
──あたしは意識を失って。
『きみは』
──誰かの囁き声が聞こえて。
『目覚めを』
──ひび割れてぼろぼろの仮面が言った。
『恐れているね』
──仮面は崩れ落ちながら、声を。
『きみは恐れているね、アティ。
そうある限り、きみは蝕まれ続けるしかない』
あたしはきっと夢を見たのだと思う。
頭痛のあまりの酷さに、気を失ってしまって。気絶した状態で見る夢があるかどうかは知らないけれど、少なくとも、それは現実じゃなかったと思うから。
夢の始まりは最悪だった。
何があったのか想像するだけで恐ろしいほどひび割れた仮面の道化師が出てきて、何かを言って。囁いて。あっという間に仮面は砕けて、道化師もそのまま消えてしまって。
──そして、あたしは“いつものように”夢を見る。
うん。そう。そう。
いつものように。
今夜だけが特別な訳じゃない。
だって、あたしは、アティ・クストスは、そう、毎晩こうやって涙を溢してきたのだから。
ただ、すぐに、すべて忘れてしまうだけで。
──あたしはこうして夢を見る。
──それは、あたしが決して気付かない夢。
目覚めた時には忘れてしまう夢。
決まって頭痛の酷いときに見てしまう、ひとつの夢。
どうしようもなくなったあたしが見る、夜だけの、すぐに忘れてしまうが故に見ることができる夢。
──求めてやまない空白を幾ら思っても。
──その時だけは何の痛みも訪れない、そう、だから夢。
──最も近くにあって最も遠い、あたしの──
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