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「……変異?」 |
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「はい。10年前の《復活》以降、インガノックを襲った現象の総称です。異形化と呼ばれることもありました。あらゆる生き物、人だけでなく動物や草花も含めた生命に訪れたものです。ですが、都市解放以後の症例は今回のあなたが初のものとなります」 「それで……症状みたいなものは……」 「わかりません。現象例の幾つか、件数の多いものは都市管理部の記録に残されていますが、あなたのものはどうやらそれには該当しません。非常に珍しいケースでしょう。私の数式眼で診断したところでは、外見以外の肉体的問題は確認できませんでした」 「そう、ですか……」 偉いお医者さまの言葉にあたしは頷くしかなかった。 ──変異。異形化。 あたしにとっては完全に他人事だった。 実感が湧かない。 それよりもあたしにとっては、お医者さまが言う「数式」であるとか「現象数式」であるとか言う言葉のほうが問題だった。お医者さまが説明するたびに、痛む。頭が。 ずきずきと、ほら。痛い。 「あの、ドクター……」 「何でしょう。ミス・アティ」 「……頭が痛いんです。これは、この……右目と関係があるんでしょうか」 「残念ながら」 私の数式眼では診断できませんでした、とお医者さまは言った。何でも、物理的な意味で右目が頭痛の要因として作用している痕跡はない、とのこと。よくわからないけれど、血管であるとかそういうまっとうな意味での頭痛ではない、とお医者さまは言っているようだった。 ──物理的な理由がない? ううん、そんなはずない。 こんなに……。 「大丈夫。ご心配いりませんよ、ミス・アティ。 ──過去。 「過日、上層貴族センケンネル家の支援で、変異に伴う苦しむ人々を救済するための医療財団が設立されました。私も所属しています。数式医複数名の診断によって、より専門的な治療と詳細な原因調査が可能です。私より上質な診断数式を扱う者もいますから」 「はい……」 貴族さまの名前が出てくるだなんて。 あたし自身がお世話になるなんて考えてもみなかった。 きっとそんな余計なことを考えようとしたからだと思う。 ──お医者さまの名前を。 ──誰と── ──間違えそうに──
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