あたしは、今日も空を見上げている。




















  あの日、あの時。多くの人々が言う《復活の終わり》の日にもあたしはこうして空を見ていた。雨の中にひとりで立ち尽くして、ぼうっと、空を上げたり、水溜まりを見たりしていたのを覚えてる。

 その直前のことをあたしは覚えていない。
  自分のことはよく覚えているのに。お父さんとお母さんのことも、実家のことも覚えているのに。あの時ああして立ち尽くすまでの間に何をしていたのか、あたしは何ひとつ知らない。どうしてだろうと思っても、考えても、悩んでみても、答えはちっとも出てきてくれなかった。

 あの日、あの時だけ。
  なぜだか涙を流したの──

 あれから暫くの日々が過ぎて、あたしは、家の窓から空を見上げるのが日課の女になった。家、そう、家。勿論、あの日はお父さんとお母さんが待つはずの第2層17地区の小さな一戸建ての西享風建築の家へと帰ったのだけれど。

 でも、不思議なことに。
  そこにはもうあたしの知っていた“あたしの家”はなかった。なんとかっていう小企業の工場跡があっただけ。瓦礫を掘り返していた人影に訊ねると、なんでも《復活の終わり》の日、あの日あの時、この10年で建設された建造物の幾つかは崩落してしまったそうだよと返事をされた。人影が何を言っているのか、あたしは、わからずに首を傾げた。

 結論から言うと、あたしの知るあたしの家族の暮らしていた小さな“あたしの家”は取り壊された挙げ句に10年の間に小企業の工場に変わっていて、それがまた崩落していたということらしい。
  つまり、家はなかった。どこにも。
  住所を何度も何度も確認しても、どこにも、跡形も。

 パニックになった。
  お父さんは? お母さんは、どこ?

 涙は出なかった。
  ただ、大きな疑問だけが頭の中に充満していて。ただただ恐かった。知らないうちにお父さんもお母さんもどこかへ消えて、あたしがそれを知らないだなんて。

 それからこの家……今のこの小綺麗なコンドミニアムの3階の部屋へあたしが落ち着くまでの間のあたしは、もう、荒波に揉まれる小船か葉っぱのようだった。
  ただただ流されるままに。
  工場跡の前で半狂乱になるあたしの前に、代理人だと名乗る法曹屋さんが現れて、色んなことを説明してくれたのがまず最初の出来事。その彼女の外見が蜥蜴そっくりだったことにもあたしは半狂乱になったけれども、それは今更だ。あたしの知らないうちにインガノックはそういうことになっていたらしいのだ。それも蜥蜴の顔の彼女が説明してくれた。あたしは理解できなかったし、嘘だと、事実ではないと思うしかなかったけれど。

 曰く、10年前に何かがあって人の姿が変わった。
  曰く、10年間で都市そのものさえ姿が変わった。
  曰く、10年間も外界と隔絶されていた。

 最後のひとつはどうやら既に終わっていたとか、そんなことを言われてもあたしには何がなんだか、わからない。信じる訳がない。わかる訳がないもの。うん。ともかく、既にお父さんとお母さんは事故で──どんな事故かは教えてくれなかった──亡くなっていて、財産相続法と都市管理部の代替財産施行法が機能して、あたしには新しい家が用意されていて、あたしはそこで暮らしていたのだけど、ここ暫くの間行方不明になっていた、等々を、彼女はあたしに懇切丁寧に教えてくれた。

 勿論、あたしは信じなかった。

 そんなことを言われても現実味があまりにない。
  でも、それなりに高級なレストランに連れられて、偽造できないはずの上層印つきの証明書類の数々を並べられて何度も何度も丁寧に説明されるうちに、あたしは彼女が悪人ではないのかも知れないと思い始めてはいたものの、やはり、事実と認める訳にはいかなかった。
  きっとこれは夢なのだと思った。
  西享の古い作家の本にあった、夏の夜の夢なのだと。

 次に、お医者さまに連れて行かれた。
  医院には見覚えがあった。幼い頃から行きつけにしていたお医者さまのところ。あたしは思った。ここでなら奇想天外な嘘もつかないよね、蜥蜴の彼女にとっては残念だろうけど、ここに来てしまったからには嘘なんて。

 けれども、あたしを出迎えたのは、見覚えのある髭をたくわえた初老のお医者さまではなく、山羊のような姿に変わってしまった誰かだった。あたしは不意をつかれて気絶しそうになった。でも、その山羊人の目と手は、あの髭のお医者さまと同じ、あたしが子供の頃と何ひとつ変わっておらず、あたしは、そのことに気付いて言葉を失った。

『私は正しくはもはや医師ではない。きみのような、まっとうな人間としての肉体を持つ者以外にはね。私は、薬剤師として生きるしかなかったのだが』

 お医者さまはあたしの瞳を見て、話していた。

『10年の悲劇の後に再び現れたきみ。きみは、どうやら、この10年の記憶を失ってしまっているようだ』

 記憶がない。
  この10年の記憶が、何ひとつ。

 ──それがあたしの、アティ・クストスの。
 ──ひとつめの事実だった。






[sekien no inganock -what a beautiful people-] Liar-soft 21th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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