本当のことを言えば、うん、一緒について来て欲しい。
アーシェだけでなく、シャーリィにも。
ひとりは寂しい。そう思う。
でも、駄目。
これがただの旅行であるならそれでも良いけれど、あたしは彼のところへ行くのだから、やっぱり駄目。いつかアーシェも彼と会って欲しいとは思う、ものの、今回はまだはっきりしていない。
本当に彼は、あなたは、今、セラニアンにいるのかどうか。
そこで、何をしているのか。
ひとりでいるのか。
誰かと一緒なのか。
あたしに伝えられたことは多くない。
だから、まずは、あたしひとりで確かめる。
──それに、伝えたいこともあるの。
──たった一言で構わない。
「心配ないわ。ね、アーシェ」
「うん……」
「アーシェリカ。ミス・メアリを困らせてはいけないよ。彼女の言う通りだ。
心配いらないさ。セラニアンには僕の知っている実業主もいる。母君の紹介もある。
当てのない旅に出るのとは違うんだ」
「うぅー……。で、でもでも、ほら、こうして汽車止まっちゃってるよ。
えと、もう5分? ううん、10分ぐらい、遅れちゃってるし、今日は……」
「そこの機関式表示板を見てごらん、アーシェ。
第38中央機関塔の警告指令は誤動作だったそうだ。問題ない。
臨時の全路線封鎖は解除されたから、汽車はすぐに出発するよ」
「うぅー!」
「アーシェ。アーシェ、ごめんなさい。
向こうに着いたらすぐにあなたへ連絡するわ。シャーリィにも、どうか伝えて」
「……うん」
「好きよ。アーシェ。
今回こそ、危ないことは何もないから」
「……絶対だよ。絶対だからね。
そのひとに会えたら電報入れてね、メアリ」
「ええ。きっと」
「……すぐに戻ってね」
「彼に、一言伝えたらすぐに戻るわ」
そう。一言。長くはかからないはずだもの。
ちゃんと見つけたら、一言だけ伝えることを伝えて、今何をしているか尋ねて、どうしてこんなに遠い場所にいるのかを尋ねて、それから。それから。
なぜ手紙を送ってきたのか。
なぜ『2通目の手紙』を北央首都にいるあたしへ送ってきたのかを訊くの。
療養中のシャーリィへのお見舞いのために、あたしとアーシェ、それにミスタ・ハワードは、ロンドンよりも遙かに濃い排煙に空を覆われた北央首都へと訪れたのが2週間ほど前のこと。毎日、シャーリィと会って。時折、母さまとも話をして。
帝都を案内するわと無理をしようとするシャーリィを宥めながら、それでも、皇帝城前の臣民広場へは、シャーリィとアーシェとあたしの3人で行って。本物の、2000年に渡って保持されてきたカダス式彫刻の美しさに皆で見とれて。
カダス北央のアレンジが為された『真夏の夜の夢』を帝立劇場で観て、浸って──
そして1週間前。
あたしたちが滞在する母さまの家に、1通の手紙が届いた。
それは、黒色のあなたがあたしへと寄越してきたと思しき『2通目の手紙』だった。
──あなた。
──あの、黒色で表情少ない“M”が。
前と同じ、文面は簡潔。
でも、前とは違い大デュマの引用じゃなくて、そこは少し引っかかったのだけれど。
差出人所在欄に記述があったのも以前の時とは違っていた。
記述、ええそう。都市の名前が。
湖岸都市セラニアン。
人が失ったはずのものを見ることができるという、幻の都市。
その名にあたしもアーシェも心当たりがなくて、でも、母さまとミスタ・ハワードは知っていて。北央帝国の特等都市。時には秘匿都市とも呼ばれる、多くの帝国臣民に知らされていない、美しさに充ちた水の都市。帝国には臣民の等級があって、よほど上位の等級でなければ名を聞いたことさえないという。あたしや、アーシェみたいに。
帝国の名の由来でもある北央大陸を遠く離れた、遙か彼方、カダス大辺境にあるというその都市へと、あたしは向かう。弾丸列車で大陸東南部の大規模離発着場へ。そこから先は、母さまが入手してくれた切符を使って、最新の1906年型ツェッペリン式大型飛行船に乗って、ようやく辿り着くことのできる水の都市。
世界の果ての、その向こう。
これまで想像の世界に過ぎなかった、このカダス北央から、さらにずっと遠く。
──ロンドンの遙か彼方。
──世界の果てにあるという灰色の壁を抜けた先にある、其処へ。
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