──落ちていく。

 落ちていく。
 落ちていく。
 ふんわり、ゆっくり、時折、すとんと落ちていく。

 あ。まただ。
 あたしは“あたし”に戻っていた。
 リリィ・ザ・ストレンジャーのかたちをしたあたしに。

 夢と、夢?

 物語と、物語。
 世界と、世界。

 もしも、本当に、そういうものを渡っているのだとして。
 どうしてあたしはどこでも仔猫になっちゃうんだろう。
 夢だからかな。
 夢じゃなくて、ちゃんと、あたしが、あたし自身で行かないと、歩かないと、渡らないと、あたしは仔猫になってしまうの?

 わからない。
 ぜんぜん、わからないよ。

 ここはどこ?
 これはなに?
 わからない、何もわからない。

 夢を渡ると言われたよ。
 物語、世界を渡るとも、言われた。

 いろんなものを見たね。
 いろんな場所を見たよ。
 いろんな物語、いろんな世界?

 それとも、ぜんぶ、夢?

 わからないね。
 わからないよ。

 ただ、ただ、落ちていくだけ。
 どこまでも続く深い穴の中を落ちてさ。

 あたしのまわりには、ざぶんと勢い良く流し込んだ水にできる泡みたいな、青い色をした光の粒、粒。粒。
 無数の輝きのかたち。
 それと……。

 

 



 

「あ……!」

 見える──
 見えるよ、小さな粒の中、見ようと思えば大きくなるんだ。
 この粒の中に……。

 ほら。見える。
 あたしが見てきたものが見える。

 ──ジャガーの物語。いまの世界のひとつ。

 ──都市の物語。むかしの世界のひとつ。

 ──砂漠の物語。むかしの世界のひとつ。

 ──漆黒の物語。いまの世界のひとつ。

 ──仮面の物語。いまの世界のひとつ。

 それに、ほら、見える。
 無色の物語も。

 ずっとずっとむかしの世界、むかしの物語。
 カダスの物語。
 大きな大きな鋼の神さまが、白い色をした鋼の神さまが、女の子かな、男の子かな、かわいい子と一緒に旅をする。そんな物語。
 仔猫になったあたしが、ふたりの近くの木の上からマオみたいに見つめてる。

 あれ──
 あたし、ここに、いるのに?

「あ──」

 ああ、そっか。
 すとんと腑に落ちたような感覚が湧いてくる。
 あたしはずっと“ここ”にいたんだ。

 粒のひとつを、物語の、夢のひとつを覗き込んで、見つめていたあたしの“瞳”の先が仔猫になってたのかな?
 そういうこと?

 そうなんだって頭のどこかで言う声がするけど、どうなんだろう。
 よく、わからない。
 言葉にできないよ。
 わかった、ってあたしは思ってるのに、ちゃんと説明できない。変なの。

「これも、メモリー」

「本と同じ?」

「誰かの」

「メモリー」

 そうだよ。
 きっと、この粒のひとつひとつが。そう。
 誰かの夢みたもの。
 誰かの物語。
 誰かの世界。

 あたし、本当に、夢を渡ってるのかな。
 でもさ。

 あたし、やっぱり落ちているだけなんだ。
 自分で何かしてるんじゃないんだよ。

 落ちてるだけ。
 だから、きっと、どこか行く場所があるんだと思う。
 落ちていく先がある。

 それって……。

『──リリィ』

 Aが耳元で囁く。
 きみ、あたしの影の中にちゃんといたよね?

『仮初めの目的地に、到着するよ』

 うん。
 うん。
 あたし、行かないと。

 ちゃんと何かをできるあたしじゃないけど。
 この両目で見つめることしかできないけど。
 きっと、一緒にいることぐらいしか、できないと思うけど。

 それでも──

 

 ──そうして欲しい誰かがいるなら。
 ──あたし。そこまで、こうして落ちて、渡って行くよ。

 

                               〜第四回へ続く