「銘庭園?」
 五樹が目を丸くした。
「ここからだと、歩いて20分はかかりますよ。そんなところから、ずっと……あの、その格好で?」
 指さして、あらためて相手が裸であることを確認し、五樹は所在なげに視線をさまよわせた。清香の方がまるっきり隠そうとも恥ずかしがろうともしないので、顔をそむけるのも何となくためらわれる。
「あ、そんなに歩いたんだ?」
 清香は照れ笑いを浮かべた。
 そういえば裸で道に出てから、どこかの街灯の下で興にのって自分を慰めて、それからさらに歩きまわって……気がつけば、手も足も氷のように冷たい。
 町なかであればコンビニにでも飛び込んで暖をとることができるが、こんな何もない道をこのまま歩いていたら凍死してもおかしくない。してみると、樹里は命の恩人ともいうべき存在だった。
「──寒ぅっ!」
 頭が理解したとたん、芯まで冷えがきた。
「そりゃ……寒いですよ、もちろん」
「はやく宿に戻らないと、風邪ひくぐらいじゃすまないわよ」
「そ、そうね……宿、どっち?」
「来た方向を逆に戻れば……この道を引き返して、まっすぐですよ」
 五樹が清香の背後を指さした。
「あああ、ありがと。ぶるるっ……じゃあ、戻るわ」
「……あっ、ちょっと待って」
 身をひるがえした清香を呼び止めて、五樹は自分の上着を脱いだ。樹里が袖を引っぱる。
「兄さん!?」
「だって、このままじゃいくらなんでも……靴だってはいてないし」
「だからって……」
 樹里はあくまで抗議の声をあげていたが、五樹はかまわずジャケットを清香に差し出した。
「どうぞ。銘庭園のフロントに預けておいてくれればいいですから」
「え、でも……」
「気にしないでください、もう、家も近いですから」
 樹里がまた何か口をはさみかけたが、五樹は手でさえぎる。
「そう……じゃあ、お言葉に甘えて」
 清香は、彼のぬくもりがまだ残るジャケットを羽織った。冷えきった身体に心地よい。
「きちんとクリーニングして返すから……あの、名前とか、教えてもらえる?」
「いいですよ、そんなの」
「……クリーニングぐらいしてもらいなさいよ」
 むくれた顔で樹里が言う。五樹は苦笑した。
「それじゃあ、クリーニングの受け取り先を銘庭園にしておいてくれればいいですから。簸川に預かったと言付けておいてくれれば……」
「……簸川?」
 思いがけない場所で自分が訪ねるべき相手の名前を聞いて、清香がハッとする。
(そういえばさっき、この男の子、彼女を樹里って呼んでたわね……すると……)
 清香が動転しているあいだに、兄妹は彼女から離れていた。
「じゃあ、僕らはこっちの道ですから」
「………………」
 五樹が軽くあたまをさげ、片割れはきつい目つきで睨む。
 清香に背を向けたところで、樹里は自分のコートを脱ぐや五樹の肩にかけ、自分もそれにくるまるように彼の前にまわった。
「お、おい?」
「ダメ、このままじゃ兄さんが風邪ひくわ」
 ぴしゃりと断言する。
「母さんの葬儀からこっち、あまり寝てないでしょ」
「……わかったよ」
 ぴったり寄り添う兄妹を見送り、清香の方は困った顔で立ちすくんだ。
 明日にでも訪ねるつもりだった相手と、こんな形でコンタクトを取ってしまうとは……。
「これじゃあ会いに行っても、刑事としての威厳も面目もないわねぇ……」
 そんなものはじめっから無かったというのに、彼女は心底困ったようにつぶやいたのだった。

つづく