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●第1裸・刑事が来たりて服を脱ぐ
「へええ、都会のゴミゴミしさがなくて、いい場所じゃないの」
ローカル線を乗りついで、とうかんもり駅に降り立った那霧清香の第一声は、まるでハネをのばしに来た観光客そのものだった。
刑事になって3年。こちらの県警に異動してから半年。
まだまだ新人の域を出ない彼女が、こうして一人で行動することは、本来ならあまりあることではない。
もっともスタンドプレーの多い彼女の場合、なれたものだったが。
初雪もちらついたあととあって、肌を刺す風は実につめたいが、暖房のききすぎで火照った肌には、それも心地よい。
閑散としたホームに、他に人はない。迎えが来るとも聞いていないので、駐在のいる派出所まで自分で歩かなくてはいけないだろう。
「事前に地図のひとつもくれればいいのに、課長ったら追い出すみたいにせかすんだから」
捜査課の他の連中は、つい先日起きたコンビニ強盗の事件にみんなかりだされている。清香ひとりが別件の捜査を命じられ、とうかんもりまで出張になったのだ。捜査は、地元の駐在と協力する手はずになっていた。
きっかけは、情報提供人さえ不明な、わずか一本のタレ込み電話である。
「そりゃあ、本当に殺人事件だったとしたら、地元の駐在だけじゃ手に余る事件だろうけど……あんなタレ込みひとつで、軽々しく動いていいもんなのかしら?」
それともあのタレ込みに、課長は何かピンとくるものがあったのだろうか。
清香は、「かつてキレ者だった」と噂される定年間近の刑事の顔を思い浮かべた。そういえば、彼女が捜査課に赴任して来てからのわずか半年で、なんだかずいぶん髪の毛が薄くなってきている。今度、郷里の父が愛用している中国産の育毛剤でもプレゼントするといいかもしれない。
そんなことを考えながら改札を抜けた清香の前に、いきなりぬうっと大きな人影が立った。
「あの、もしかして、那霧清香巡査ですか?」
「──えっ? あっ、はい、そうですけど……あなたは?」
清香より頭ひとつ分以上高い場所で、逆光にかげった金髪の顔がにこりと微笑む。
「稲荷杜派出所のリカルドです。すいません、急な連絡で、お名前しか伺っていなかったものですから……こんなにお若い方とは思っていませんでした」
明らかに異国の風貌から、物静かで流ちょうな日本語が流れだした。
なるほど、目の前の男は確かに警察官の制服に身を包んでいる。もっとも、プロレスラーかと疑いたくなる骨太な巨体のせいで、特に肩のあたりははち切れそうになっていたが。
なんとも“ばかでかい”男だ。
「あらあ、出迎えに? わざわざありがとう、リカルドさん……ん、外人さん……?」
「どうかしましたか?」
「いえ……学生時代に読んでた法律書のどっかの条項が、脳のこの辺にピキーンと……」
清香はううむ……と首をかしげていたが、すぐに深く考えるのをやめた。
「ま、いいか。思い出せないようなら大して重要なことじゃない……って、父さんもよく言ってたし」
「それじゃあ、とりあえず派出所の方へご案内しますね」
リカルドは自分の乗ってきたであろう原付バイクのスタンドをあげて押しながら、ノシノシと巨体を清香のとなりにならべた。
「ええ、よろしく」
駅のまわりは閑散としていて、静かなものだった。大きな観光案内図が見える他は、これといって目を引くものもない。
「なにもないところでしょう?」
苦笑ぎみにリカルドがたずねた。
「夏から秋ぐらいまでは、観光目的に来る人もいるんですけどね……このぐらい寒くなると、外から来る人は少なくて」
「あたしみたいなのは、珍しいのね」
今度は清香が苦笑いする。もっとも、彼女がとうかんもりに来た理由は、あくまで仕事だ。
それを思い出させるように、リカルドが話を振ってきた。
「ところで、那霧巡査がここにいらした理由なんですけれど……」
「ええ。話は聞いた?」
「簡単な説明だけは……しかし、県警では本当に信じているんですか?」
リカルドは、すれ違う人さえいない場所であるにもかかわらず、声のトーンを落とした。
「簸川夫人が、家族に殺された……なんて話を」 |
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