上奥湖に沿った通りは観光道路でもあり、街灯もところどころに設置されてはいるが、それでも薄暗いことにかわりはない。
 全裸の女がそんな道を跳ねるように歩いていたら、どちらかといえば欲情するより恐怖する人間の方が多いだろう。どう考えたって普通じゃないからだ。
 そんなわけで、簸川五樹は暗闇の中をスキップする肌色の影を見たとき、なにより恐怖で歩みが止まってしまった。
「──どうしたの、兄さん?」
 半歩遅れて歩いていた樹里が、訝しげな声をかける。
「……あ? え、なに……?」
「なによ、へんな声だして」
 さっきからずっと生返事だったこともあって、樹里はむくれた。
「わたしのしゃべってたこと、ぜんぜん聞いてなかったんでしょ」
「う、あ……うん……」
「やっぱり!」
 樹里はことさら怒ってみせたが、ここでようやく、兄の視線が一点で固まっていることに気がついた。
 それにならって目をうつし、今度は樹里も絶句する。



 なにひとつ衣服を身につけていない全裸の女性が、この暗いなか、堂々と道の真ん中を、大手を振って歩いている。
 向こうもこちらに気がついたようで、妖しげな笑みを浮かべて近づいてくるではないか。五樹と樹里は、そろって1歩身を引いた。
「な……なにアレ、兄さん?」
「ゆ、雪女……かな?」
「……雪女って、メガネかけてるかしら?」
 最初の衝撃が過ぎ去って、いち早く冷静さを取り戻したのは樹里の方だった。兄はといえば、同性の樹里から見ても見応えバッチリのスタイルに圧倒されてか、いまだ放心状態である。
 その様子にますますむっとして、樹里は全裸の相手が目の前にやってきた途端、大声で怒鳴りつけた。
「──ちょっとあなたっ、なんなのよっ!」
「お、おい、……樹里?」
 強気にでる妹の怒声に、ようやく五樹も我に返った。釘付けだった視線を裸身から離す。
「やばいって、関わらない方がいいよ、こういうのとは」
「無視して通り過ぎて、後でもつけられたらどうすんのよ!」
 ひそひそと、それでもハッキリ聞こえる会話をする兄妹を前に、じつは清香の方もようやく自分を取り戻していた。
 学生風のカップルをからかってやろうと近づいたところで怒鳴りつけられて、目が醒めた。あからさまに不審の眼差しを向けられているのに気がついて、めずらしく焦る。
「あ……あー、えっと……ごめん、あやしい者じゃないのよ?」
「あやしいです」
 なんとか言いつくろおうとした第一声を、樹里に否定されてしまう。
「あーうー、そのー、実は銘庭園に泊まってるんだけど、露天風呂からちょっと外を覗いてるうちに、戻りかたがわからなくなっちゃって」