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「あっち行って」 「じゃあじゃあ、アムネロールなんていかがですー? 「その可愛い耳をちょうちょ結びにされたくなかったら、2秒以内にあたしの視界から消えること」 「はーい☆」 ──それは、彼があの子と出会う1週間前の夜。 ちょっと腹が立つくらいに愛らしい《葉兎》のウェイトレスがお尻を振りながら去っていくのを眺めて、あたしは、黒猫であるところのあたしは小さく肩を竦める。アムネロールをデザイナーズ・ドラッグだなんて、どこから流れた話だろう。あたしが聞いた話じゃ、最下層近くのドラッグ・ギャングが色んな薬を混ぜ合わせて作った最悪のカクテルってはずだったのに。 酒はそんなに好きじゃない。 でも、シードルはそれなりに好きな時もあるのさ。音を立てそうなくらいの、この小さな泡の粒がいい。 今夜は早めに仕事(ビズ)が終わったから。だから酒。 銃弾を避けるのは疲れる。 視線が見えないから銃口ぐらいでしか判断できないぶん、神経がすり減る。当たったら概ねおしまい、って状況は背筋が冷えるスリルがあるけど、やっぱり、疲れる。 仲間と打ち上げに行くほどの体力は残ってない。 まっすぐに寝床へ、あの変わり者の巡回医師の彼のアパルトメントへ潜り込むのは、疲れて余裕があんまりないあたしを見せることになるかなと思うから少し嫌。少し。 あたしはシードルのグラスを傾けるのさ。 「……ん」 「お? 女のひとり酒なんてみっともねえ奴は誰だと思えば、なんだ、黒猫じゃねえの」 ──ああ、もう。気付かれた。 来なくていいのにわざわざカウンターのスツールを降りてあたしのほうへ歩いてくる。鳥。風使いのデビット。別に現象数式を使う訳じゃなくて、速い上に、空まで飛ぶからそう言われるだけ。インガノックの淀んだ空を飛ぶことのできる、けれど空の果てへ行くことなんかできやしない、できそこないの鳥。嫌味をよく言う、嫌な鳥さん。 「他の連中と一緒だと思ったけど」 「途中まではな。嫌な顔があったんで退散したんだよ。お前も覚えてるだろ、あいつだよ。《氷》のクリスティナ。数式(クラック)使いのクリス。あいつがデカイ顔して居座ってる酒場だったもんでね」 ──あいつか。 あたしは嫌な顔を思い出す。女の名をした機関式義眼の色男。いつも女を侍らせて、通り名(ストリート・ネーム)そのままの氷の表情を顔に張り付かせた男。荒事屋(ランナー)を名乗った、ただの快楽殺人者。10年前は博物学の碩学だったって言うけど、本当かどうか。 あいつと初めて関わったのは2年前のこと。 ──そう。 嫌な名前と一緒に、あたしはもうひとつの嫌な顔を思い出してしまう。ずっと忘れていたあの顔。 忘れることなんてできない。 忘れない。 ああもう。 嫌になる。あっという間に嫌な酒。本当、デビットというこの嫌な鳥にはいつもいつも、いつもいつも……。 「なんだよ。不機嫌な尻尾してるな」 「きみのせいさね」 「詫びに朝まで付き合おうか? 昼まででもいいぜ」 「冗談」 ああもう。本当に。 下世話な意味でこっちを見ていたと思しきあのウェイトレスに、ジェスチャアをして、店を── 「なんだよ、黒猫。ヤサに戻るのか?」 「ヤサって訳じゃないさ」 「はいはい。あの青白い変わり者のドクターによろしくな」 「よろしくされない」 「はいはい」 「……あんまり言うと、風きり羽、抜くよ」 ああもう。腹が立つ鳥だこと。 ──ヤサじゃないけど。
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