イ  ン  ガ  ノ  ッ  ク  テ  イ  ル  ズ
Inganock Tales 04
 
 

  ──それは、彼が未だ黄金の螺旋階段を昇る前のこと。
  ──それは、閉ざされた異形都市でのこと。


















 やあ、諸君。
  私の名前を覚えている者はいるだろうか。
  私の名前はランドルフ。
  今日は調子があまりに良いので、狂いに狂ってしまっている訳だがそれはそれで調子が良すぎても話すのに幾らかの努力が必要となってしまうので、理性は要らぬにしても知性は残しておかなければいけない。

 お初の方々であれば我が名は忘れるが宜しい。このランドルフなる名は銀の機関と無形の鍵によって既に呪われており、カダスと西享のどちらの《ふるきもの》たちにも忌み嫌われ特に西享に最後に残りし孤独の王にはいたく嫌われ呪われているのであるから、もしも貴方が西享人であるならば、やはり、忘れるが宜しい。
  かつておとぎ話の中に生きていた《ふるきもの》たちは既に今はかたちを失い、僅かな言葉と想いの中に残るのみであった。私を呪うものはここにはいなかった。

 かつてのインガノック。
  かつてはあらゆるおとぎ話を失った異形の都市からだ。
  今は違う。
  今は違うがかつてはそうだった。

 ──そう。
 ──そうだとも。諸君。

 ならば今日はインガノックの話をしよう。
  私があの子から紡ぐことのできる最後の過去の話、インガノック歴8年、季節不明の異形都市でのこと。

 10年前に発生した《復活》によって41のクリッターとさまざまな幻想生物(モンスター)は、人々からおとぎ話と安寧とを奪い取った。理由はひどく単純。クリッターであっても幻想生物であっても、概ねの場合、誰かがどこかで夢見たものであったからだ。例えば本の中で、例えば空想の中で、例えばおとぎ話の中で、幼い頃に夢見たものにどこか似た怪物──概ねの場合、それらは人を襲う。特に初期発生した幻想生物の多くはクリッターと同じく人を害した。機関精霊のように無害なもののかたちなど当初はなかった。

 だから人々は忘れた。捨てた。
  誰もおとぎ話を語ることはなくなった。
  おとぎ話の生き物たちは、インガノックの人々にとって恐怖そのものであったから。

 そして人々はすべてのおとぎ話を失った。
  すべてを。

 ──残ったのは。
 ──かたちを得て荒れ狂う幻想生物とクリッター。

 幻想生物の多くは、動植物の異形化したものであると言われていた。愛されたはずの犬は血の叫びのバーゲストに、荷と人とを運ぶ馬であれば焼き尽くす火の王の軍馬に、物陰に潜む蛇であれば現象数式を以て打ち砕くナーガに、朝を告げる鶏であれば毒をもたらすコッカトリスに、壁を走る蜥蜴であれば石へと変えるバジリスクに、物言わぬ樹木であれば吸い尽くすトレントに。

 あらゆる生き物が狂い、姿と性質とを変じた。
  あらゆる生き物が、だ。
  あらゆる生き物が、だ。

 さて、さて。

 ならば今日は、異なるかたちを得た“人”の話をしよう。
  異形都市で生きるに相応しく変じてしまった彼らの話だ。
  生きるすべを失っても、足掻き、藻掻き、誰も口にしない考えもしない“何か”を待ち続けるかのように生き続けていた彼らの話だ。既に死した王の遺した現象数式実験に関わることなく、それでも、諦めることをせず足掻いた末に終わりへと行き着いた彼と、その渇望と狂気と炎とに飲み込まれることなく自らの生を守るに至った彼女と彼の話だ。
  正しくは、彼と、彼女と、彼の、その後の話だ。
  正しくは、都市を一時騒がせた“緑の石”が終わりを告げてから2年ほど後の話だ。

 彼が、背後に佇むものに気付く直前の話だ。
  インガノック歴10年、季節不明の異形都市でのことだ。

 諸君が触れた彼らの物語。
  それが始まるよりも、ほんの僅かに前の話だ。黄金螺旋階段の麓に立っていることにも、背後に佇む彼もしくは彼女のことにも、彼が未だ気付くことがなかった頃の話だ。大きな鞄を持った黒衣の少女が最後のかたちを得て異形都市へと降り立つよりも、ほんの僅かに、前の、話だ。
  黒猫が、自らの願いと想いによって揺らぎ始める直前の話。

 ──さて。
 ──ここからは、私でなく、あの子に話してもらおう。

 ──私が導く、最後の、過去の話だ。








[sekien no inganock -what a beautiful people-] Liar-soft 21th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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