『第8層11地区、案件B。0100時、定時報告。
  対象ノ排除ヲ確認。
  動体反応及ビエメラルド・タブレット反応ナシ。3号ハ戦闘態勢ヲ解除シ、警戒状態デノ索敵行動ヘト以降シマス』


















「……お疲れ。相棒」

 彼の言葉に、数式紋(クラック・タトゥー)の刻まれた鎧を着込んだ騎士さまは答えませんでした。黙ったまま、兜の奥の赤い瞳を輝かせて、辺りを見回すだけ。多分、答えることができないんだと思います。上層の貴族さまや管理部のひとたち以外には、話しかけても反応してくれないから。

 そこにはふたりの騎士がいました。
  ひとりは、どこにも隙間のないほど頑丈な大鎧の上層兵。
  ひとりは、彼。一見すると鋼を少しも纏っていない、彼。

 でも、彼も騎士だわ。
  誰もが噂する、《路地の騎士(ストリート・ナイト)》。
  たとえ王様に仕えてはいなくても、たくさんの人たちの唇に噂を浮かばせる、都市の中でいちばん強いひと。大きな剣で怖いお化けを切り裂いて、人の生きる場所を増やそうとしてくれるひと。誰にも命じられていない、それでも剣を振るうたったひとりの高潔な騎士さま。

 誰もが彼をそう呼ぶの、《路地の騎士》と。
  彼の顔も名も知らなくても、ううん、きっと誰も彼の顔も名も知らないわ。それでも、彼のしていることを、誰もが知っていたから。剣を振るうということを、知っていたから。
  彼はそう、都市の安寧を夢みたひとりの騎士。

 上層兵よりも多くの部分を、殆ど全身のすべてを鋼に置き換えて、もうどこまでが“最初の自分”だったのかもわからないくらいに手術をして、手術をして、手術をし続けて。
  死んでしまうかも知れないほど危ない手術を繰り返して、彼は、都市で最初の“完成された”重機関人間(ヘビー・エンジン・ヒューマン)になったの。

 下層の人々の安寧と明日を守るための剣となる決意、それが彼を突き動かしたんだって、皆は言います。涙が枯れ果てる前に、絶望が都市を覆い尽くす前に、それを止めると決めたただひとりの騎士なのだって。

“──でも。
 ──本当は、あなたは”

「今回は、1体生き残ったか」

 騎士は呟きます。ひとりごとのように、だけれど、赤い瞳を輝かせる上層兵へと投げ掛けるように。
  やはり返事はありません。
  この第8層では、今、恐ろしい戦いが終わったばかり。7人の上層兵と彼は、なにもかも壊そうとして暴れてしまう大きな幻想生物“マンティコア”の群れを退治したのです。

 うん、そう。そうね。
  残ったのは……彼と、上層兵がひとりだけ。

 他の上層兵たちは鎧を壊されて、ほとんど生身の残っていない機関機械の体も壊されてしまって。炎まで吹かれて、黒い痕だけ残して消えてしまいました。何も、残さずに。声も……言葉も、何も発さずに。

「犠牲者は……」

 あの《復活》が起きてからそれほど時間の経っていないその頃、幻想生物やクリッターの犠牲になってしまった人を数える人は、もう、殆どいませんでした。数の多さも少なさも、涙と悲鳴を生み出すだけだと、みんなが思ってしまったから。

“──でも。
 ──本当は、あなたは”

 騎士は違ったの。
  彼はこの都市の中で足掻いていたから。

 諦めることを、騎士は、まだ、していなかったから……。
  この戦いで命を落としてしまった人は、上層騎士を含めて320。それだけで済んで幸運だという人は、きっと多いけれど、それでも、彼はそう思いませんでした。

 人々の安寧のため?
  絶望を止めるため?

 いいえ、それは、誰にもわかりません。
  背後に佇む彼女もまた、それを知ってはいませんでした。ええ、そう、背後に佇む彼女。騎士の背後にも、ギーの背後のにいたあの子のように、確かに“いた”の──

「……これは……」

 幻想生物の吐き出した炎と、騎士と“彼女”のもたらした黒く光る炎のために未だに黒い煙をあげている瓦礫の山へと、騎士は手を伸ばして。ひとつのものを拾い上げるの。
  それは、焼け焦げたお人形さん。
  女の子か男の子か、もうわからない、お人形。

 騎士がじっとそれを見つめていると、ぽつ、ぽつ、と雫が落ちてきます。雨。インガノックの空を覆う灰色雲は、いつしか雨雲となって、静かに雨を降らせていました。戦いの炎の痕が燻る8層11地区を、洗い流そうとするみたいに。
  流れ落ちる雫は、まるで、彼と、お人形の、涙のよう。

“──なぜ。
 ──なぜ、あなたはそうするの?”

 それは、声。彼女の声。
  お人形を掴んだまま立ちすくむ騎士へと語りかける、背後の“彼女”からのかたちのない声。言葉ではない、本当は声ですらない、彼の背後に佇む“彼女”からの、想い。
  ううん、願いかも、しれません。

「……なぜだろうな」

 けれど、騎士は答えることができませんでした。
  ただ、黙って。

 いつも声をかけてくる“彼女”へと肩を竦めて。
  雫を滴らせるお人形を、ただ、右手に握り締めて。

 







[sekien no inganock -what a beautiful people-] Liar-soft 21th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
TOPPAGE / STORY / KEYWORDS / CHARACTER / VISUAL / DOWNLOAD / EXIT(LIAR HP TOP)