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「……お疲れ。相棒」 彼の言葉に、数式紋(クラック・タトゥー)の刻まれた鎧を着込んだ騎士さまは答えませんでした。黙ったまま、兜の奥の赤い瞳を輝かせて、辺りを見回すだけ。多分、答えることができないんだと思います。上層の貴族さまや管理部のひとたち以外には、話しかけても反応してくれないから。 そこにはふたりの騎士がいました。 でも、彼も騎士だわ。 誰もが彼をそう呼ぶの、《路地の騎士》と。 上層兵よりも多くの部分を、殆ど全身のすべてを鋼に置き換えて、もうどこまでが“最初の自分”だったのかもわからないくらいに手術をして、手術をして、手術をし続けて。 下層の人々の安寧と明日を守るための剣となる決意、それが彼を突き動かしたんだって、皆は言います。涙が枯れ果てる前に、絶望が都市を覆い尽くす前に、それを止めると決めたただひとりの騎士なのだって。 “──でも。 「今回は、1体生き残ったか」 騎士は呟きます。ひとりごとのように、だけれど、赤い瞳を輝かせる上層兵へと投げ掛けるように。 うん、そう。そうね。 他の上層兵たちは鎧を壊されて、ほとんど生身の残っていない機関機械の体も壊されてしまって。炎まで吹かれて、黒い痕だけ残して消えてしまいました。何も、残さずに。声も……言葉も、何も発さずに。 「犠牲者は……」 あの《復活》が起きてからそれほど時間の経っていないその頃、幻想生物やクリッターの犠牲になってしまった人を数える人は、もう、殆どいませんでした。数の多さも少なさも、涙と悲鳴を生み出すだけだと、みんなが思ってしまったから。 “──でも。 騎士は違ったの。 諦めることを、騎士は、まだ、していなかったから……。 人々の安寧のため? いいえ、それは、誰にもわかりません。 「……これは……」 幻想生物の吐き出した炎と、騎士と“彼女”のもたらした黒く光る炎のために未だに黒い煙をあげている瓦礫の山へと、騎士は手を伸ばして。ひとつのものを拾い上げるの。 騎士がじっとそれを見つめていると、ぽつ、ぽつ、と雫が落ちてきます。雨。インガノックの空を覆う灰色雲は、いつしか雨雲となって、静かに雨を降らせていました。戦いの炎の痕が燻る8層11地区を、洗い流そうとするみたいに。 “──なぜ。 それは、声。彼女の声。 「……なぜだろうな」 けれど、騎士は答えることができませんでした。 いつも声をかけてくる“彼女”へと肩を竦めて。
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