『ココノ下ハインガノック最下層ナンデス。
  10年前ノ《復活》カラズット、逞シイ《熊鬼》モ都市管理部ノ清掃部隊デサエモ恐レテシマッテ近寄ラナイ、危険ナ幻想生物ガ巣クウ恐ロシイ場所デス。コノ前ノ《解放》ノ後デモ最下層ハ危険ナママデス。迷イ込ンデシマッタラ、翼ノアル人以外ハキット出ラレナイッテ言ワレテルンデス。ダカラ気ヲツケテクダサイ。ドラッグ・ギャングハ少シ減リマシタケド、鋼蜘蛛(アイアン・スパイダー)ガ最下層ヘ人間ヲ落トシテシマウ鉄流砂ノ底ナシ沼ガ地面カラ顔ヲ出シテルコトガアルンデス。落チタラ出ラレナイデス。トッテモ危ナイデス』

「そうか」

『ハイ。クリッターハミンナ消エタッテ言ワレテマスケド、幻想生物ハ消エテナインデス。姿ヲ隠シタダケデス』

「いずれ消える。
  幻想生物とやらも大概《古きもの》の眷属とそう違わん」

『フルキモノ?』

「黙れ」

『(ヒドイ……)』

「走査を始めろ、機関精霊25007号。かつてこの都市に存在した2級認可企業ベアリング社とその関連する7社から流出した特殊神経系数秘機関の行き先について、廃棄された後の足取りもすべてだ。探れ。見つけ出せ」

『ベアリング社、デスカ?
  アッ……ナ、ナニスルンデスカ、アノ、アノ?』

 機関精霊が驚いた声をあげているうちに、黒い男のひとは手をかざして何かをしているようです。それは現象数式のようにも見えたけれど、なんだろう、わからない。
  自分が何をされているのかわからないままに、まじめで勤勉な機関精霊25007号君は情報空間というところへ“接続”しました。何を言ってるのか、はっきりと説明できなくて、ごめんなさい。あたしもよくわからなくて……。

『──走査中デス。走査中デス──』

「早くしろ」

『──発見シマシタ──』

「見せろ」

『──オ探シノ情報ハ保護サレテイマス──
  ──等級1以下ノ市民端末デハ不可能──』

「黙れ」

 小さく言うと、男のひとがまた何かをしました。手をかざしているような、機関精霊に触れているような。はっきりとはわからないけど、彼がそうすると、25007号君は少しだけ震えて、遮光器(バイザー)部分を赤くちかちかと小さく光らせて、何かの機械としての作動をしているみたい。

『──コード・トートヲ確認イタシマシタ──
  ──情報蓄積用巨大機関《トート》ニ接続シマシタ──』

「よし」

 男のひとは頷きます。
  そうして、一言、二言、機関精霊25007号に何かの指示をすると、今度こそはっきりと機関精霊の胴体に手をあてて、目を閉じて何かを受け取るような仕草をするの。やっぱり、何をしているのか、わからないけど。25007号君が壊れるようなことでは、ないみたい。

 しばらくすると機関精霊25007号君はこてん、と倒れてしまったけれど、我に返ったみたいに飛び跳ねるように起き上がるときょろきょろとし始めて……。

 不思議そうに首を傾げるの。

『アレ、アレ、レ。4分間ノ記録情報ガアリマセン。ナンデダロ。ナンデダロ。アナタ、モシカシテボクニ何カヲシタンデスカ? アナタ、モシカシテ“ハッカー”ナンデスカ?』

「違う」

『ハッカー……ジャナイ?』

「古いやり方だ。
  このインガノックの技術と比すれば、特にな」

『?』

「走査は済んだ。
  案内しろ。位置情報は既にお前の記録回路に入力した」

『エ、イツノマニ、ッテ4分間ノアイダニデスカ。
  ア。ホントダ。第12区域B2街路ノ倉庫……コレナラ近イデスネ、コノ第12層ヲ約30分ホド歩ケバ到着シマス。ガーニーヲ使エバ5分ホドデス。ドウシマス、ガーニーヲ呼ビマスカ? ナンカ、イツノ間ニカ情報空間ニレベル3デ繋ゲルヨウニナッテルミタイデ、ガーニー呼ベマスデスヨ!』

「この悪路ではな」

 男のひとは肩をすくめます。
  うん、そうね。最下層ほどではないのだけど、この第12層にも都市建設用の資材や廃棄されてしまった機械はたくさんあって、道は、そういうもので埋まっていたり、舗装されているところやいないところがあったりで、ちぐはぐ。

 これじゃあ蒸気自動車はちゃんと走れないわ。
  歩いたほうが早いもの。

「構わん。歩く」

『了解シマシタ!
  ジャア、ゴ案内シマス! ゴ案内シマス!』

 そうして、雨の中、ふたつの影は第12層の奥へと歩いていきました。廃棄された機関群の中を歩き続け、半ば壊れた数秘機関を埋め込んだドラッグ・ギャングくずれの怖い男のひとや、言葉を話すことさえなく叫び声をあげて襲い掛かってくる幻想生物を、まるで影の中をすり抜けるようにするするとかわして……。

 やがて目的の場所へと辿り着くの。

 でも、でも。

 第12層第12区域B2街路。
  そこは鋼蜘蛛(アイアン・スパイダー)が最下層へと人間を落としてしまうために作る、鉄でできた流砂の罠が仕掛けられている、とてもとても危ない場所で──

 ──何もかもを呑み込むの。
 ──流砂状になった鉄くずは、すべてを、取り込んで。

 ──倉庫ごと。
 ──街路ごと、最下層へと、呑み込んでしまう──

 








[sekien no inganock -what a beautiful people-] Liar-soft 21th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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