それは、あなたの直した機関精霊。



















 機関精霊25007号。情報処理用の計算機関を作り出すはずの機関工場のレールの上に突然、ぽん、と生み出された、可愛らしい鋼の子。人の想いのままに動き、人の想いのままに働いてくれる、人の作る文明からこぼれ落ちた、インガノックにだけいる小さな鋼鉄の子供たちのひとり。

 てくてく歩く機関精霊ひとり。
  それは、あなたが少し前に直してあげた子。

 あの日、あの時、インガノックが産声をあげて立ち上がり、外へと這い出ようとした時。何ひとつ生み出されることはないまま、かたちを得ることのないまま、何もかもが取り込まれて失われてしまおうとした時。
  この子は大切な部品のいくつかを失ったの。

 だから動けなくて。
  だから動かなくて。

 使えなくなった機関機械や壊れた計算機関と一緒に、路地裏に捨てられて、都市管理部のお役人さんの使うお掃除の自動機械に捕まってしまって。
  ……それで、捨てられてしまったの。
  ……ずっと下へ。

 インガノックのいちばん下にある、最下層。
  第13層。
  そこは誰もが近寄らない場所。都市計画を途中で止めてしまったインガノックの、ほんとうなら完全な都市を造るための資材の山の上へ、この10年の間に、誰もが使わない機関や鉄までもがうず高く積み上げてしまったところ。廃棄区画。処分区画と言うひともいるわ。都市法によって排斥され、解放された今になっても閉鎖されたままでいる、雨の水が最後に流れ込むいちばん下の、都市の底。

 濁った風に晒されて、濁った雨に晒されて、その機関精霊は朽ちてしまいそうになっていたけれど、あなたが見つけてくれたから。今は動くの。元気に、てくてく、きりきりとゼンマイが回るような音を立てながら。

 ──てくてく、きりきり。
 ──てくてく、きりきり。

 降りしきる雨の中を。
  可愛い音と一緒にがんばって歩く、機関精霊25007号。
  きょうは最下層ではなくて、そのすぐ上の第12層をきょろきょろしながら、てくてく、きりきり。きっとあなたの真似をして、壊れた機械を探して歩いているのね。
  それまでにあなたが直した数十の他の機関精霊と同じように、その子も、あなたのことが大好きになったわ。そのことを誰かにからかわれると、あなたは首を横に振るけれど、きっと嫌だと思ってはいないと思うの。あなたがその子を、ううん、機関精霊たちを見る時の顔は──

『ハイ、ナンデショウ? ボクニゴ用デスカ。見知ラヌ方』

「この層の端末か」

『イイエ。ボクハ違イマス。ボクハ25007号機関精霊。計算機械類ニ相当スル機関精霊デス。何カ、ゴヨウデショウカ? ゴ用デシタラ、オ力ニナリマス』

 あら、あら?
  雨の中、てくてく歩いていた機関精霊25007号が、かくんと首を傾げながら誰かと話しているみたい。話しかけられたのね。一体、誰と、何をお話しているのかしら。
  雨の第12層はとても静かで、道を歩く人もいないのに。

 話しているのは黒い男のひと。
  少しあのひとに似た、片目を隠した背の高い男のひと。薄い水色の瞳はとても鋭くて、まるで何かを射抜くかのよう。

「はは」

 男のひとは肩をすくめて笑うのだけれど、おかしいわ。目元は笑っていないの。口元は、ずっと微笑んでいるのに、まるで何も感じていないみたい。
  その顔は仮面のよう。
  笑顔として浮かぶはずの表情は、冷ややかに冴え渡る刃のよう。足下から伸びる長い影は、北央帝国のおとぎ話に出てくる恐ろしい“黒い人(シャドウビルダー)”のよう。

 雨の中に佇む。
  とてもとても背の高い、黒色の男のひと。

「小さきもの。
  まがいもの。
  お前は力になると言ったな、この俺の」

『ハイ。オチカラニナリマス! オチカラニナリマス!』

「面白い」

『オカシカッタデスカ。何カ? デモボク壊レテナイデス』

 そう言って、不思議そうに機関精霊は首を傾げるの。
  男のひとはもう一度肩をすくめると、口元にくわえていた茶色の紙巻きの……たぶん葉巻を外套の下の黒い服の胸ポケットへとしまい込んで、歩き始めてしまって。すぐ足下に機関精霊の25007号君がいるのに、無視するみたいに。
  でも、無視している訳では、なくって。

「石を探している」

 歩きながらそう言って。
  機関精霊は、慌てて男のひとの前を歩くように進んで。

『石ですか?』

「お前は自分を計算機関だと言ったな。ならば、この都市特有の情報空間ネットワークとやらにも接続できるだろう。走査し、案内するがいい」

『エト、ボクラハ地図情報程度ニシカ繋ゲナイデスヨ』

「構わん」

『了解シマシタ!
  入力ヲオ願イシマス、入力ヲオ願イシマス!』

 ──てくてく、きりきり。
 ──てくてく、きりきり。

 ──機関精霊は、男のひとの影の中を歩いて──








[sekien no inganock -what a beautiful people-] Liar-soft 21th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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