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──噂話のすべてが嫌いって訳じゃない。 |
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でも。でも。 あたしは第5層の繁華街をなんとなくぶらついた。 ぼうっとしていても警戒と自衛心は失わない。 「……ああもう、嫌になるさね」 気付けばあの場所に足が向いていた。 それは第5層繁華街の端。 ここを知らない荒事屋はいない。 そう── あたしが嫌いじゃない、あたしの好きな、噂話の舞台。 「……」 あたしは無言でしゃがみ込んで、地面に触れる。 もうだいぶ薄くなってしまっているけど、黒ずんだ染み。 噂話。そう、荒事屋とハッカーの間にだけ伝わる噂話。 雑踏街あたりの荒事屋の間で流れてる話はこう。 『凄腕のハッカーがいた。 『クロームの刃とも謳われた歴戦の荒事屋の女性Mを相棒にした、ひとりの男。それがケイスもしくはKだ。奴は、天才的な腕を以てあらゆる情報書庫をこじ開け、都市摩天楼における財務情報と機密情報の多くを手中に収める寸前にまで到ったって話だ』 『現象数式使いで、ハッカー技術にそれを応用していたのだという話もあるにはあるが、眉唾だろう』 『ともかく奴が凄腕だったのは確かだ。奴は大公爵に代わり、新たなインガノックの王となり得る。そう囁いた者もいた』 『だが、そうはならなかった』 『奴はある時、上層貴族の情報書庫に潜り込み、灼き器(バーン・スイッチ)の妨害を優雅にくぐり抜けながら、とうとう大公爵の情報に触れちまった。自分からそうしたのか、うっかりそうしちまったのかは誰も知らない』 『……翌日。ケイスともKとも呼ばれた男は死んだ』 『自宅前で消し炭になっているところを街路の不法居住者(スクワッター)に発見された。相棒であった荒事屋Mは姿を消したって、話だ』 ──これが、荒事屋やハッカーの間で流れてる噂の中でも一番スタンダードなもの。 でも、あたしが好きな噂話は少し違う。スタンダードなほうだと、淡々としていて、好きも嫌いもない。へえ、そうなんだ、っていうぐらいのもの。だからあたしはそんなに好きじゃない。 あたしが好きなのは。 ──ケイス=Kの最期。
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