イ  ン  ガ  ノ  ッ  ク  テ  イ  ル  ズ
Inganock Tales 02
 
 

  ──それは、彼が未だ黄金の螺旋階段を昇る前のこと。
  ──それは、閉ざされた異形都市でのこと。


















 やあ、諸君。
  私の名前を覚えている者はいるだろうか。
  私の名前はランドルフ。
  今日は調子がそれなりに悪いので、気分よくいつも通りに狂っているのだが銀の機関は私を今も待っているであろうからあまりこうして話している時間もないというのが現実であるのが残念だ。

 根源たるものを私はこのインガノックで見つけることができなかったが、そもそも、そんなものを探していたのか探していなかったのかは定かではない。
  私はただただ探し続けるだろう。
  時に銀を、時に根源を、時に忘れ去られた何者かの在ったかたちを。
  掘り出し探り当てることこそが私の使命であって我が狂気の理由であるからだ。

 お初の方々であれば我が名は忘れるが宜しい。このランドルフなる名は銀の機関と無形の鍵によって既に呪われており、カダスと西享のどちらの《ふるきもの》たちにも忌み嫌われ彼らの王にさえ呪われているのであるから、もしも貴方が西享人であるならば、やはり、忘れるが宜しい。
  かつておとぎ話の中に生きていた《ふるきもの》たちは既に今はかたちを失い、僅かな言葉と想いの中に残るのみだ。

 かつてのインガノックは私にとって心地よい側面が少なからず在った。
  ここはかつて、あらゆるおとぎ話を失ったからだ。
  今は違う。
  今は違うがかつてはそうだった。

 ──そう。
 ──そうだとも。諸君。

 ならばインガノックの話をしよう。
  インガノック歴8年、季節不明の異形都市でのこと。

 10年前に発生した《復活》によって41のクリッターとさまざまな幻想生物(モンスター)は、人々からおとぎ話を奪い取った。理由はひどく単純。クリッターであっても幻想生物であっても、概ねの場合、誰かがどこかで夢見たものであったからだ。例えば本の中で、例えば空想の中で、例えばおとぎ話の中で、幼い頃に夢見たものにどこか似た怪物──概ねの場合、それらは人を襲う。特に初期発生した幻想生物の多くはクリッターと同じく人を害した。機関精霊のように無害なもののかたちなど当初はなかった。

 だから人々は忘れた。捨てた。
  誰もおとぎ話を語ることはなくなった。
  おとぎ話の生き物たちは、インガノックの人々にとって恐怖そのものであったから。

 下層の人々はそうしておとぎ話を語ることはなくなり、代わりに、逞しくも混乱の中から復活しようというタブロイド紙が《復活》以前よりも華やかに隆盛した。おとぎ話を失った人々は、噂話に飛びついた。それは確かに人間同士の社会の現実から生み出される事実であったりすることもあったが、大抵はそこから生み出される別の逸話であった。

 曰く、機関競技場の公立賭博制度が変更するであるとかしないであるとか。
  曰く、無限霧を通り抜けた人間がいたとかいないとか。
  曰く、第1層大企業社主の令嬢の奔放な生活の露呈であるとか。
  曰く、クリッターを屠ることができた数少ない人間たちの素性であるとか。
  曰く、沈黙を保ったまま姿を見せることのない上層や大公爵の秘密であるとか。

 さて、さて。

 ならば今日は、そんな噂話に耳を傾けた彼女の話をしよう。
  下層の雑踏の中で行き交う幾つもの噂話。その中に、希にではあるが自分の関わった現実から生み出されたものをその“耳”で聞きつけたりする彼女の話だ。

 しなやかに都市の夜を駆けた彼女だ。
  都市摩天楼と無限雑踏街を幾度も幾度も行き来し、摩天楼の高層建築群の中で警備兵たちの網の目をくぐり抜け、時には最下層に現れる大型の幻想生物とすら刃を交わしたという彼女の聞いた話。

 彼女は、まだ黒猫と呼ばれていた頃。
  インガノック歴8年、季節不明の異形都市でのことだ。

 いつも聞こえてくる噂話。
  いつもと変わらぬ現実そのものとはかけ離れた噂ばかり。
  そのごく僅かな幾つかの噂の元となった現実と関わってはいても、別段優越感に浸るでもなく、勝ち誇るでもなく、そんな記事の載ったタブロイドの使い道は爪とブーツを磨くかフィッシュ&チップスをくるむ以外にはないだろう、そう思いながら日々を過ごしていた彼女の話だ。

 ──さて。
 ──ここからは、私でなく、彼女自身に話してもらおう。







[sekien no inganock -what a beautiful people-] Liar-soft 21th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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