「なに? こないだの仕事(ビズ)?」

「そ。あんたたちの仕事。INGANOCK・TIMESの3面にでかでかと記事が載ってたわよ。ベアリング社の特別輸送車輌を反上層的テロリストグループが襲って護衛も研究者も全員殺害して現金奪っておまけに爆弾まで仕掛けて吹っ飛ばしたって」


















「なにそれ」

「デカイ仕事やりやがった奴らがいるもんだって5層界隈のフィクサーもどきが気炎上げてるわ。雑踏街にだって流れてるんじゃないの、噂」

「あんまり興味ないのさ。タブロイドなんてどこも嘘ばっかり」

 肩を竦めてあたしは言った。
  いつもは第7層あたりで呑むのだけれど、今夜は少し気分を変えて第5層の繁華街へと足を運んで大きめの機関酒場に入ったのさ。よく冷えたリスク蔵のエールを注文して、ぐいっと呑んで、ぷはっと息を吐いて。つまみに頼んだまずい合成チーズを食べるべきか食べないべきか、天然物のチーズなんてもう何年食べてないんだろとか考えていたら、この、以前に何度か仕事を一緒にやった両生類女──変異はそんなに多くないみたいで矯正手術ばりばりの過剰な色気たっぷりの体を見せつけてる女──に声を掛けられて、あたしは肩を竦めて気のない返事をしている最中──って訳。

 興味ない。
  噂話、特に自分の関わってるのなんてさ。

 あたしは黒猫。
  気になるのは自分の命が今夜も続くことと、今夜の寝床の場所だけ。
  主に都市摩天楼を仕事場に、インガノックの夜の影で荒事稼業にいそしむしがない荒事屋(ランナー)さ。それなりの危険の中での稼業のお陰で、それなりに数秘機関を体に埋め込んだりハッカーを雇ったりするだけのお金は稼げてる。稼いでは使い、稼いでは使い、の繰り返しだけどさ。それでも下層の一番下の層でお腹を空かせて喘いだり街角に立ってお情けを恵んでと男にすり寄ったりしなくてはいいぐらいは、なんとか、まあ、稼げてる。そこそこの荒事屋さ。

 タブロイドの3面記事なんてどうでもいい。
  面白いとも思わない。
  誰かが面白いと思って騒ぐのまで止めたりはしないけど。

 でも、なんだっけ。
  反上層的テロリストグループ?
  そこだけはちょっと面白かったかな。
  あとは気に入らない、全部、気に入らない。

「あたしも鳥も車輌の連中を襲ったけど、爆破もしてないし現ナマ積んだ馬車でもなかったし、研究者みたいな連中もいなかったし」

「でも全員やったのよねえ?」

 爬虫類女が改造済みの端正な“人間の顔”で言う。表情は、笑顔。
  この手の爬虫類系変異をした人間は、なんだろ、大体が、腹筋と胸の間の“えら”を顔よりもよほど印象深く感情に併せて動かす。だからよくわかる。感情。特に、この女の場合はお腹を出したレザースーツを着ている訳だから。

 よくわかるのさ。
  興味本位。自慢話を聞いて何か言いたいっていうその考え。

「やってない」

「嘘。でもほら、全員死んだって」

「やってないってば」

 殺しは嫌い。
  手応えと拒否感に慣れてしまいそうになる自分が嫌いだから。
  だから、あたしは、必要に迫られないなら、滅多にやらない。

「あー。じゃあ大方、会社契約してるハーバート医療社のワゴンじゃなくて都市管理部の清掃部隊あたりが来たってとこかしらね」

「かもね」

「そういえば、この話聞いた? 公務員の清掃連中は最近、1層や2層じゃ仕事減ったらしいわね。さらりまんは大抵が会社ぐるみでハーバート・ワゴンと契約するもんだから、あのあたりじゃ死体が作れないって。そのぶん5層以下の生きてる行き倒れを清掃するのに躍起になってるらしいわ」

「……そう」

「どうしたのよ、いやな顔して」

「清掃部隊の話とか嫌いなのさ。酒、まずくなる」

 本当、酒のまずくなる話。
  救急医療サービスを提供してくれる医療社と契約してない人間は、怪我して倒れようものなら都市管理部の公務員連中に“清掃”される。それがインガノックの都市法。契約する財力も闇医者まで歩く体力もない人間なら、死ね、と上層の貴族サマたちは言ってるんだ。だから嫌い。そんな話。

 あたしは嫌い。
  こういう無神経なのがあたしにしてくるみたいな、噂話、が嫌い。
  いつもいついも、飽きもせずにこんな話題ばかり。

 これなら情報屋あたりに安くない金を払って聞く“情報”のほうがマシ。
  そう思うのさ、あたしは。

「……じゃ、そろそろ帰る。仲間によろしくさね」

「あら、もう? 今夜は朝まであんたと呑もうと思ってたのに。まあいいわ、お元気で。例の数式医さんによろしくね。ああ、今は、喧嘩してるんだったかしら?」

「きみこそ仲間の男連中と仲良くしたらいい。喧嘩するか色仕掛けするかっての、いい加減、やめたほうがいいと思う」

「ああうん、無理無理」

「そう?」

「連中、先月全員、仕事失敗して死んだのよ。警備兵がダイン重工製の新型機動鎧つけてたもんだから、あっさり。あれ、あんたまだ聞いてなかった?」

 下卑た顔で笑う荒事屋たちの顔が思い浮かぶ。

 そっか。
  死んだんだ。
  この女と一緒にあたしが仕事をした時、連中も、確か同じチームになっていたと思う。

「……そう。死んだの」

 一瞬だけ言い淀んだあたしの顔をまじまじと見て、両生類の女はあたしの嫌いなフェニックス社の1級ビールが注がれたグラスを掲げて笑顔を浮かべた。にっこりと。さよならと言う代わりに。

 女の腹の“エラ”が言っている。
  不思議そうに、理解できない、とはっきり感情を示しながら。

 ──何でそんな顔してるのよ?
 ──変な黒猫ね。







[sekien no inganock -what a beautiful people-] Liar-soft 21th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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