──がたん、ごとん、かんかんかん。
  ──モノレールが揺れています。


















 毎日、毎日、彼女が朝と晩に聞いているレールの音。
  ここ数年ずっと変わることのない、第1層の都市摩天楼にある仕事場と第4層のコンドミニアム型の自宅とを行き来する時の音です。
  機関モノレールの音です。
  あたしは好きな音だけど……。

 エリスは、あまり好きじゃないみたい。

(毎日、こうしてる気がするなぁ……)

 エリスは思います。
  ぎゅうぎゅうに人が詰まった都市モノレールの中で、毛むくじゃらの犬の顔をしたおじさんのお腹に押されながら、うーんと小さく声を上げながら。

(転職してみようかな。
  荒事屋さんとか……好きな時に仕事を受けて、好きな時にお休みして。いいなあ、こんな風にぎゅうぎゅうのモノレールにも乗らないで済むし……はぁ……)

 こんな時、エリスは少しだけ思い浮かべます。
  お仕事の関係で、たまに顔を合わすことになる荒事屋(ランナー)さんたち。彼らは、エリスから見ると、とっても自由で気楽で、羨ましく映るみたい。

 うん──

 彼らは、彼らで、大変かもしれません。
  でも、こんな時のエリスは、そうは思わないんです。

(同僚の女の子とのおしゃべりも楽しいけどいつもじゃ疲れるし、定時が来ても残業で遅くなるし、こうして朝晩、満員のモノレール車輌に揺られて……)

(うん。
  こんな日は、そうしようかな)

 エリスは思います。
  まっすぐ帰ろうかな。
  それとも、第4層のお家に近い駅ではなくて、繁華街地区で降りて、シードルの一杯でもひっかけてしまおうかな。

 そう思った時、モノレールにブレーキがかかって。
  犬のおじさんのお腹が重くのしかかります。

 ──エリスは決めました。

 ぷしゅ、と扉が開いた途端に車輌内の人混みと一緒に外へと出ます。ぷはっ、と息を吐きながら、歩く人間でできた波のようになっているホームを掻き分けるみたいに、進んで。
  駅から大通りへ。

 歩きます。
  歩きます。
  やっぱり人でたくさんになっている表通りを進んで、あっぷあっぷと溺れてしまいそうになりながら、目についた機関酒場の看板が提げられたお店の中へ。

「いらっしゃいませ。
  シードルにします、それとも合成ワインがお望みです?
  水煙管に溶かしたドラッグ・アクセス・マンマインド?」

 肌も露わな美人のウェイトレスさんが出迎えます。
  エリスはちょっと眉をひそめます。
  ドラッグ・アクセス・マンマインドというのは、エリスにとっては、あまりよくない名前の飲み物みたいです。

 エリスは不機嫌そうな顔で注文します。
  シードルをひとつ。
  とっても冷えた、ブラックソン社の2級合成シードル。

 と──

 つかつか歩いて、カウンターに腕を乗せようとしたエリスのすぐ真後ろで、誰かの声が聞こえました。声の主は、カウンターの奥にいるマスターさんに何かを話している最中だったはずの誰かです。
  エリスは心の中で、首を傾げます。

 声の主は何を話してるんだろう。
  男のひとのようだけど……?

「聞いてくれよマスター。
  仕事ひとつフイになっちまうところだったんだぜ」

「へえ、そうかい」

「荒事で仕事落とすなんざ、命取りなんだぜ。わかるかい。
  それでも俺はなんとかこうして生き延びたって訳だ」

「お疲れかい」

「そうでもないさ。
  これぐらいの火事場で参ってちゃ荒事屋はやれねえよ。
  ただ、ちょいとあれこれ誰かに愚痴りたい気分なのさ」

 自慢をしてるのか愚痴を言ってるのか、声の主の話すことは、なんだか妙な物言いに思えてしまいました。

 ふと。

 エリスは声の主の顔を見たくなりました。
  どうやら、この彼は、荒事屋さんのようだから──

 

 



[sekien no inganock -what a beautiful people-] Liar-soft 21th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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