イ  ン  ガ  ノ  ッ  ク  テ  イ  ル  ズ
Inganock Tales 01
 
 

  ──それは、彼が未だ黄金の螺旋階段を昇る前のこと。
  ──それは、閉ざされた異形都市でのこと。


















 やあ、諸君。
  私の名前を覚えている者はいるだろうか。
  私の名前はランドルフ。
  今日はすこぶる調子が良いので、さほど狂ってはいないのだがあまり時間もないであろうからあまりのんびりと知性の残り滓に浸っている暇もないのだ。

  お初の方々であれば我が名は忘れるが宜しい。このランドルフなる名は銀の機関によって既に呪われており、カダスと西享のどちらの《ふるきもの》たちにも呪われているのであるから、もしも貴方が西享人であるならば、やはり、忘れるが宜しい。
かつておとぎ話の中に生きていた《ふるきもの》たちは既に今はかたちを失い、僅かな言葉と想いの中に残るのみだ。

 もっとも、インガノックであれば話は別だ。
ここはかつて、あらゆるおとぎ話を失った。

 ──そう。
 ──そうだとも。諸君。

 ならばインガノックの話をしよう。
インガノック歴8年、季節不明の異形都市でのこと。

 10年前に発生した《復活》によって外界と隔絶した完全環境型都市インガノック。ここにはふたつの世界がある。
ひとつは人々の暮らす下層であり、もうひとつは一握りの僅かな支配貴族たちが住まう上層だ。ふたつの世界は、都市が外界に対してそうであるように絶対の法則もしくは力によって隔てられている。

 都市を脱出しようとした者が、周囲を取り巻く無限の霧によって食い尽くされるのと同じく、下層から上層へと侵入しようとした者は、唯一の経路である上層階段公園とゴンドラを守護する上層兵なる鋼(クローム)の兵士によって無裁判処刑が行われる。
上層から下へと降りるのならばその限りではないがね。

 さて、下層は合計で13の層に分かたれている。
巨大な層プレートが折り重なるようにして連なり、その頂上部に“城”の如き上層を戴く積層型建築体を構成しているのだ。訪れたものであれば言うまでもあるまいが。

 下層における13の層は、概ねそのまま、《復活》によって異形と化した都市で生きる人々の市民等級と重なっていると捉えてもらって構わない。
すなわち第1層には大企業幹部や富豪などの1級市民。
すなわち第13層には生と死がほぼ等価値である13級市民が暮らしているという訳だ。
概ね、であるがね。
無論例外や大きめの揺らぎはあるものだ。特に7層前後はこの渾沌の都市にあっても特に雑然としているのだし。

 さて、さて。

 ならば今日は、層プレートをよく渡る彼女の話をしよう。
上層と下層をではない。下層の層プレートをだ。

 分厚い硝子で顔の一部を覆った彼女だ。
1日のうちほぼ必ず第1層と第4層を行き来して暮らすという彼女、幾万を超す人々が蠢くインガノックの中でも取り分け珍しい──しかし実のところ他の誰とも、たとえば諸君と変わらぬ“人”であるところの彼女の話。

 彼女は、日々を過ごしている。
インガノック歴8年、季節不明の異形都市でもそうだ。

 いつもと変わらぬ日常。
いつもと変わらぬ都市の暮らし。
10年前の出来事や、その後数年のクリッターの猛威さえ忘れてしまえば、日々の忙しさに埋もれてしまう、そんな日常を送る彼女の話だ。

 ──さて。
 ──ここからは、私でなく、あの子に話してもらおう。






[sekien no inganock -what a beautiful people-] Liar-soft 21th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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