「本日の都市管理業務第3行程終了。
  第4行程は第4機関(エンジン)に移行します」

『了解デス』

「お願いします」


















 本当は第3行程までの予定だったのだけれど。
  はふ、と彼女は溜息を漏らします。

 彼女のお仕事は、都市管理部の情報蓄積及び異常監視の業務。なんだか難しい言葉で、よくわからないけれど、彼女自身はわかっているみたい。

 本当は17時には帰る予定だったのだけれど。
  きょうの彼女は残業です。

 彼女が手元の鍵盤……コンソールというの? それに、オルガンを弾くように滑らかに幾つか触れると、金属式の篆刻表示板に外の様子が映されます。
  篆刻写真のようだけれど、違うの。今起きていることが、この板に映り込むんですって。とても高価な機関機械。
  これをモニターと彼女は呼ぶの。
  西享語かしら。

「……第3層の記念球場は今日も超満員。
  機関(エンジン)ボールは人気ですもんね。ふぅ」

 大きな大きな情報処理用機関がある、鉄と石のお部屋。
  インガノックの活動の維持を上層の貴族さまたちから託された、ここは、都市管理部の中央情報書庫ビルディングの奥にある部屋です。

 下層の一番上にある第1層、幾つもの大きなビルディングが建ち並ぶ都市摩天楼の一角の、そのまた奥の一角。
  ここが彼女の仕事場です。

 ようやく残業も終わりかけ。
  あとは最後の締めをすれば帰れます。

 彼女はまたコンソールに触れて、表示板の表示を変えます。そこに書いてある文字は、わたしにも読めるかな。

 トートを起動、と書いてあります。
  何のことかしら?

「都市管理部専用の外部機関を起動して下さい」

『了解デス。
  起動シマス。カウント、5、4、3……』

 彼女に応える高い声は、合成音声です。
  男のひとでも女のひとでもない、ふしぎな声色をしているそれは、このビルディングの地下にある中央機関(セントラルエンジン)が情報を処理をする時の声なんですって。

 ちんぷんかんぷんだけど……。
  彼女にとっては、お仕事の大切な仲間ね。
  この部屋にはいない、いつも層プレートの地中でじっとしている大きな機関(エンジン)たち。

『情報蓄積用巨大機関《トート》ガ起動シマシタ。
  入力応対用音声プログラムヲ、専用型ニ変更シマス』

「はい」

『……変更完了。お疲れさま、お嬢さん』

「お疲れさま、ミスター・トート。
  今日の、都市全13層の情報記録を貴方の情報空間に保存します。解錠と保存をお願いします。いつもの通りに」

『お願いします』

 今まで話していた合成音声とはなんだか違う声です。
  ううん、声自体は同じなのに。
  少しだけ柔らかな感じがするのは、口調のせい?

『保存終了しましたよ、お嬢さん』

「……貴方は他の機関(子)と違ってフランクで、助かります。他の機関も貴方と同じような高機能ならいいのに。おかげでいっつも残業ばかり」

『申し訳ありません』

「あ、ごめんなさい。貴方のせいじゃないですよ。
  私の我が儘です。上層の貴族の方々も、貴方みたいに優れた情報処理機関(インフォメーション・エンジン)をもっと回してくれればよいのにな、って」

『恐らくそれは不可能でしょう』

「どうして?」

『私の所有権はインガノック上層ではないためです』

「え……。
  では、都市管理部の私有機械? そんなお金ないですよ」

『特1級機密です。エリス』

 諭されるように言われてしまいました。
  彼女──エリスは肩を竦めます。

 そう、エリス。それが彼女の名前です。
  腰から下がお馬の胴体になっている、都市の中でもあまり見られることのない珍しい幻想人種《蹄馬》の娘さん。大きな眼鏡が大きな瞳によく似合っていて、三つ編みお下げの尻尾がとてもお洒落。
  他の人間の同僚は彼女のことを「ウマ子」だなんて呼んでからかうけれど、立派な名前があるんです。

 エリス。
  綺麗な名前。

 エリス・セントール。正しい名前はセントール・エリス・オアンネス。《蹄馬》の多くは、セントール・ケイロンというお爺さまから名から一部を譲り受けるのですって。

『では、おやすみなさい。エリス・セントール。
  良い夢を』

「おやすみなさい。ミスター・エンジン。
  トート、眠らないあなたが少しだけ羨ましいです」







[sekien no inganock -what a beautiful people-] Liar-soft 21th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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