──暗雲に満ちた世界の東に大国あり。
 ──かの“北央帝国”にも並び得る、大国なり。

 国の名は“王侯連合”。
 北央大陸の東、大灰洋の果てに位置する東大陸の覇者たる国家“王侯連合”は、無数の貴族、王族、諸侯たちによって形作られた巨大連合国家である。

 ともすれば容易に分裂しかねない国家体制を、強大な軍事力と財力とで支える7名の大貴族“選帝侯”。
 彼らの選ぶ“連合皇帝”は、有力貴族たちの集う連合議会を束ね、連合内に組み込まれた旧大国の太守たちから成る元老院の力を借り受け、さらには“選帝侯”直々の後押しを得ることで、10年ほどの短期とは言え、一時的に北央帝国皇帝と並ぶ世界最高の権力を得ることになる。

 それ故に、
 連合に在する貴族たちは誰もが一度は夢を見る。

 世界を二分する力のひとつの頂点として、
 連合に君臨することを──

 

 そして現在。
 王侯連合第2首都にて。

 年若く野心と欲望に溢れた貴族たちを戸惑わせる事件が起きていた。流れ星のように颯爽と、優美に、社交界へと現れたひとりの男がいたのだ。

 爵位は1級男爵。
 名を、ディユ・ジュール・ラムライという。

 顔立ちは美しく、振る舞いは典雅に。
 唇からもたらされる言葉は、優しげな気遣いと深い知識に富み、貴婦人たちを魅了して止まない。

 それだけでも……。
 若い貴族たちには恨めしいものを……。

 さらに、あろうことか彼は“選帝侯”のひとりであるラムレイ大公家の親族であるというのだ。ラムレイ大公その人の覚えも良く……。

 あまつさえ、第2首都を預かる支配貴族である筆頭公爵タインズマンの令嬢から恋文を渡されたとの噂さえ……!
 このままでは、当区域の連合議会議席どころか、
 連合皇帝候補の座さえも彼に奪われてしまう……!

『あれは何者だ』

『叩いてみても埃ひとつ落とさない』

『言葉に訛りがひとつもない。
 出身地を訊いても、返答ひとつないとは』

『ラムレイ公爵領内という噂だが……』

『馬鹿者が。
 ラムレイの公爵領といえば旧ブライ公国全土を指す。
 どれほどの広さだと思っている!』

『何者なのだ。どこから来て、何をしようというのか』

『まさか……。
 噂通り……本当は、ラムレイ大公の嫡子……?』

『馬鹿な馬鹿な馬鹿な』

『嫡子を成人まで隠しておくか!
 選帝侯が、元老議員のような真似をするものか!』

『王侯連合碩学連とすら繋がりがあると聞く。
 連合議会の代表議席を狙っているのではないか、彼は』

『2級子爵が決闘を申し込み、返り討ちにあったと』

『軍務経験のある、彼を、返り討ち……?』

『そんな』

『このままでは……。
 当区域の連合皇帝候補の座も、連合議会議席も、彼に奪われてしまう!』

『しかし、しかし……しかし!
 ああしてフランチェスカ様とご懇意にされては……。
 最早、我らには、手を出すことも……』

『おのれ……』
 

 そんな噂が第2首都の社交界に群がる青年貴族たちの口にのぼり、もう1ヶ月も過ぎた頃だろうか。
 今日も、彼の姿はあった。
 何処かの有力貴族の邸宅で開かれるパーティの中に──
































「まあ、またご冗談を仰ってからかって。
 ディユ様、本当に意地悪なお方なんだから」

「冗談ではありませんよ。姫」

「もう、もう!
 姫はお止しになって下さいまし。
 私はただのフランチェスカなのですよ」

「失敬」

 支配貴族タインズマンの令嬢を前にしても、彼はいつもの調子を崩すことがない。その余裕ある風貌、自信に満ちた言動が貴婦人たちをいっそう惑わせる。

 不躾なほど長く伸びて顔にかかる前髪が、
 彼の表情を隠してしまう。

 フランチェスカは口の中で「意地悪」と小さく呟く。
 彼にはきっと聞こえているのだろうと、半ば予感しつつ。

「私の唇からこぼれる言葉はすべて真実。
 かの永久低気圧によって成り立つ暗雲の壁の先の空の色、
 そして、そこに住まう敬意さえ覚えるほどの巨怪たち。
 すべて真実ですとも。
 ミス・フランチェスカ」

「今度は西亨語。
 もう、男爵様は本当に博識すぎて困ってしまうわ」

「帝国の碩学たちに比べれば私など浅学の身です。
 あなたの輝く美貌こそ、
 私を悩ませてなりません」

「帝国……。
 そういえば、男爵様。
 今夜は北央帝国のお話をして下さらないの?」

 帝国の話。
 北央大陸を支配する異国、世界ふたつの大国のひとつ。
 彼からその話を聞くのがフランチェスカは最近の趣味。

「ご所望とあらば。
 帝国を最強たらしめるかの機動要塞の撃墜方法でも、
 我らが王侯連合に生産し得る対機動要塞兵器の構想でも」

「もう。ご冗談はそのくらいでお許しになって?
 私、知っていますのよ?」

「はて──」

「くすくす……」

「これは参った。
 今夜は、フランチェスカの微笑みを拝謁できるとは」

「笑ってしまったのはあなたのせいよ?
 いっつもそんな風に冗談じみたお話ばかりして、
 お父さまの退屈の虫を相手して下さっているのでしょう?
 私、そんな冗談よりも、もっと楽しいお話がいいの」

 冗談じみた空想話を交わすふたりの男性。自分の父親と、この美しく誇りに満ちた男爵。
 自分の邸宅で行われる、誰にも秘密のそんな遊戯さえ、フランチェスカには微笑ましく思えてしまう。

 男性というものは。
 幾つになっても、我が父のように老齢となっても、勇ましい話からは離れられないものなのだと──そう思う。

「これは失礼」

「ええとね、男爵様。
 私、貴婦人がたの話題が知りたいの。
 噂のレイディ・エイダについても、お話、伺いたいわ」

「お話しいたしましょう。
 あなたが望むなら」

「……まあ、驚いた。貴婦人がたの話題もご存知なの?
 すごいわ、帝国のことは何でもわかるだなんて」

「私は、あそこに忘れ物をしていましてね」

「忘れ物?」

 

「ええ。
 大切な物と、人を、かの地に置いたままなのですよ」

 

 そう言って微笑む彼の見上げた空。
 そこには何もない。彼の話してくれた無数の星も、空を支配する恐ろしい竜も、空を駆ける白銀色の飛空挺の姿も。

 ただ暗く。
 ただ翳って。

 

 すべてを覆い尽くす夜の黒と暗雲の黒が、広がって──

 

(TO BE CONTINUED "NEW WINGS"...)
















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近日、詳報を公開いたしますので、今少しお待ちください。




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