〜妄念の男、執念の男〜
 
 
 ──話には聞いていた。

 北海を越えた先に存在する夢幻の異境、煙害満ちる我がロンドンを優に越す灰色の空に覆われた“北央帝国”から密航してくる貧民たちの噂。

 定期航路を確保したツェペリン型飛行船や、それ以外の数少ない海洋船舶に潜り込み、彼らは密航を以て我が大英帝国へと、首都ロンドンへと到るのだという。

 我ら結社が越えることのできぬ、
  《35年の罠》を容易く通り過ぎてみせた者たち。

 人間に酷似した姿を持ちながらも人間ではない者たち。
 結社の至宝たる《史実の書》に逆らい19世紀半ばにこの世に出でたホルヘ・ルイス・ボルヘの記した“辞典”にさえ姿を見せぬ、人でありながら自然と一体となる者たち。

 プセール人。
 黄金瞳を備えた、異境の住人。

 大英帝国の繁栄の陰へと潜り込んだのは、北央帝国の定義するプセール混血率2%以下の最下級臣民たち。目に見えるかたちではなかったが、確かに、当時のロンドンには貧民街に満ちる人影の数は増えていると思えた。

 我が私設研究所の所在地たるここウェールズにも。
 彼ら、プセール混血の貧民が潜むという噂はあった。

 

 ──彼らは神に愛されなかったのだ。
 ──私と同じく。

 

 神はいない。神などこの世にない。
 生物の進化にさえ神は関わらず、世界は厳然と在る。
 それは私と、ウィリアム・ゴドウィンとの、唯一の共通する見解である。

 彼らプセールは、いや、北央帝国に住まうすべての人間たちがそうであるように、彼らは神を知らない。
 これは幸運なことである。
 存在せぬものにすがるという不幸が、彼らにはない。

 プセール貧民の一群は大英帝国とその先に広がる欧州、アフリカ大陸、アジア、新大陸……つまり“こちら”側に新天地を夢見たが、それは夢でしかない。
 姿すら違えた異民族を受け入れる土地など、存在しない。

 神はいない。
 古代の聖者が唱えた“あるべき人々のかたち”も幻だ。
 次々と餓えに倒れるプセール貧民は、自分の子供たちを人買いに売り払うことで生き延びたという。

 

 ……そして。

 

 ウェールズのある街で、結社の連絡員と接触すべく貧民街の一角へと足を運んだ私の前に倒れていたのは、彼ら、異境から迷い込んだ貧民の、売り払われた子のひとりだった。






















story .. character .. visual .. system .. download .. information.. gametop .. liartop