「これより、北海を抜けて《異境》へと到る」

 私は呼びかける。
 この日のために調整を続けた、儚き“フィンチ”へと。

 培養槽の前に立つと、
 私の姿が硝子に映り込む。

 溶液に満たされた巨大な硝子製の培養槽の中から、私を見つめる“フィンチ”の瞳に感情の色はない。
 白色の髪に、薄い灰色の瞳。
 見事なまでの私の人形、私のために在る実験素材。

「……はい……」

 声はか細く。
 私がかつて聞いた少女の声とは異なる、別人の声。

「先遣師団が北央帝国帝都を掌握した話は言ったな」

「……はい……」

「本日、動きがあった。
 フリードリヒの手駒が、件の古代遺跡の存在を感知したとの報せだ。意味はわかるな。フィンチ」

「……はい……」

「北央帝国および未踏領域にて新たな実験を行う。
 新たな《回路》を用いてお前に新たな人格を上書きし、構造体DHOLESを起動。DHOLESとの同調、感覚拡大によって霊魂(エスプリ)式《回路》を実用段階まで引き上げる」

 私は昂揚していた。
 言葉は、我が胸で燃えさかる狂気によって叫びに変わる。

「お前を使う。
 お前を維持してきたことの意味が、そこで果たされる」

「……はい……」

「言葉があれば、聞こう」

「……はい……。
 ……今の、わたしは、これで、終わり、ですか」

 フィンチの言葉に、私は逡巡する。
 本来であれば上書きの際に現在の疑似人格こと思考装置は破壊され、大脳に蓄積された記録も抹消する。

 必要性を検討する。
 この素材に、現在までの実験記録は必要だろうか。

「──思考装置は抹消する。
 お前には、新たな《回路》と思考装置が組み込まれる」

「……はい……」

「記録は引き継ぐ。
 再入力の時間が惜しい。
 ──では、思考装置を速やかに停止せよ」

「……はい……。
 ……ウォレスさま……」

 

 言葉通りに。すみやかに。
 私は電信通信機を改造した小型機関を用いて、それの思考装置に停止命令を送り込んだ。

 そして、何の感慨も抱かずに行動していたはずの私は、実に数年ぶりに、かすかな驚愕を抱いたのだった。
 無理もない。
 またも、意思に反して──

 

 ──小型機関に触れた右手が。
 ──私の右手が、ひとりでに動きを止めていたのだから。






















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