私は少女に『フィンチ』の名を与えた。
他意はない。
頭に浮かんだものを、そのままくれてやったに過ぎない。
たかが小鳥の名だ。
生きた実験素材には相応しい、小さき名でもあった。
少女はその日、その時より、私の実験動物となった。
結社の秘儀たる科学技術を用いて《回路》を組み込み、かつてプセール貧民の少女であり、肉体を死に呑み込まれる過程にあったそれを、私の定める新たなものへと変えた。
私は言った。
お前の肉体を実験素材として利用すると。
言葉に対して、それは意義を唱えたりはしなかった。
当然のことだ。
私がそれに組み込んだクロイツ式《回路》は、物理的な影響力を以て肉体と大脳を書き換え、塗り替える。
自分が新しく作り替えられ、
私のため、
私の目指す研究を体現するための存在になったことを
それは知っていた。
──そう。
──私の手は、少女であったものを作り替えたのだ。
記憶なるものは必要ない。
過去への記憶と人格は消去され、組み込んだ《回路》が、メスメルの定義した“人格”とすら呼べぬ擬似的で機械的な思考装置を形作る。
死につつあった少女は消えた。
それはもはや“別人”となった。
いや、もはや、人とは呼ぶに値せぬ実験素材であるが。
私の提唱する理論を体現させるため、
私はそれを──
フィンチと名付けた実験素材に、無数の実験を施した。
クロイツ式、ハウプト式。
偉大なる《エメラルド・タブレット》に触れたと伝えられる二者が編み出した《回路》にも引けを取らぬ、かのメスメルが《回路》を模して理論を組み上げた“人造心理”など遙かに及ばぬ新理論を完成させるために。
無数の実験。
無数の研究。
瞬く間に数年が過ぎた。
──そして、時が訪れた。
──バベッジの遺した機械仕掛けの巨人が崩れた日。
結社のもたらす緊急伝達により私は知ることとなった。
もはや無形の《35年の罠》は存在を失い、我ら結社の者は何ら害を被ることなく北海を渡ることができる、と。
すみやかに計画が立てられた。
結社は“北央帝国”へと再び手を伸ばすことを決めた。
当然、私も賛同した。
かの地にこそ、我らが求めて止まない《回路》を真に完成させ得る素材が満ちているのだ。ボルヘスだけではない。碩学として“北央帝国”へと招聘された結社碩学たちは、かの地に眠る秘儀の数々を本部に報告していた。
始まり定かならぬ古代より連綿と続く機関の歴史。
異常低気圧から成る“壁”。
隠された超高度軌道によって導かれる、青き空の世界。
秘儀の王たるカーターが口にした夢の世界。夢幻の異境。
まさにそこは、結社が夢見たすべてに満ちて、我らの理解と分析と研究とを待っているかとさえ。
時が来た。
我が手に依りて、私は、私の命題を解き明かすのだ。 |