──寒さのきついシトカの海辺。 携帯秘書装置の中の情報庫へ残されていたのは、幾つかの位置情報だった。 まるで、間諜(スパイ)の真似事でもしているかのように思えてくる。 私がこのアラスカのバラノフに、シトカ・シティにいる理由。 事態を悟るのは容易だった。 私は、これから、別の名前で、別の人間として。 私は、エリシア・ウェントワースは。 一時的なものなのか。 たとえば、ずっと、ずっと、私が私でないままだったのだとしても、 私は、大切な彼らのことを大叔父さまに頼んだ。 大丈夫。私は失っていないわ。 ──私には大切な友人たちがいて。 ね。エリシア。 寂しいと思う。会えないことを。 合衆国籍の社会保障カードがカナダ連邦の市民カードになったって平気。 ──だから、泣かないわ。 鉄道切符の裏に走り書きしてあった数字、正確には暗号。換字式の多重ヴィジュネル暗号だった。大学で勉強するようなものではないけれど、以前、あのひとに教えて貰ったから、すぐにわかった。 ええ、ちゃんと声を出して。 『……エリシア? エリシアなのね!?』
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「ええ。私。ごめんなさいね、長く、連絡できずに」 果たして、電信に出たのはヴィヴィだった。 話によると、詳しくは言えないが安全な場所にいるとのこと。ぽろりと大叔父さまの家のひとのことを口にしてしまいそうになるセルヴァンを叱るヴィヴィが、あまりにいつもと同じ調子なものだから、私はもう、それがあまりに嬉しくて、嬉しくて、大きな安堵とも重なって、立ちくらみを起こしそうになってしまう。 ふと大叔父さまのことを思う。 『半年後にはまあ出られるっていうからさ。 『あんたログハウスとか言うなって言われたでしょうが』 『あ』 『あーあ。もう。莫迦。まーた場所移動よこれから絶対。 「ごめんね。ヴィヴィ」 『だから。いいのよ。エリィ。 「ヴィヴィ……」涙。流さずに。 『またちゃんと会って、ちゃんと話そうね。 「うん。うん」涙。堪えて。 『エリィ。大切な可愛いエリシア。 「私も、あなたたちのこと、好きよ。 『ふふ。なあに、それ。もうー、エリィ、話繋がってないよ?』 「そう、かな」 『そうそう。こいつなんてどうでもいいんだから』 『半年後、エリシアもイェールに戻って来れるんだろ? 『お酒の話なんてどーでもいいの! 『えぇー』 「ふふ」 『あ。エリィ、今、笑った!』 大切な── 大切な友人たちとの会話。 最後の慈悲。 矢継ぎ早に心配の言葉をくれるふたりへ、私は涙を堪えて、別れと、いつかの再会を約束する言葉を告げる。 「ええ。すぐに──」 私に与えられたものの中に帰りの切符はない。 でも。
──二度と会えない悲しさは、もう、私の胸にいっぱいだから。
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