──カダス北央帝国首都、大機関区の一角。
──誰も来ない場所。帝国臣民の多くが存在にすら気付かない、研究施設。
正確には研究施設跡と呼ぶべきか。
既に、研究を行っていた人間は存在していない。ただ、施設を建造した組織はそのことに気付いていないだろう。かつての施設の主人に課せられていた義務たる、定期連絡は正確に行われているためである。
連絡を行っているのは、小さな、2フィートに満たない機関機械だ。
1週間前にここへ訪れた男が、床に散らばった残骸から左手のみで組み上げてみせた自動機械。これが、かつての主人に代わって特殊電信通信機を操作して定期連絡を行っている。実に正確無比に、一秒の狂いなく。
自動機械は、今日も定期連絡を行う。
大型の電信通信機が稼働する。
比較的広いその部屋の中央にはあの男の姿があった。
機関排煙が霧の如く漂い、機関人形の残骸が転がったその場所に。
背の高い男の姿があった。
「……ふう」
些か気怠い吐息は、疲労のためではない。飽きたのだ。
男は、機関人形の残骸を右手で弄っていた。
よく見れば残骸には“何か”が付着している。飛沫だ。水のような何か。正しく在る水素化合物ではない。自然物ではない。異なるものだ。人の手によるものか、それとも。
刺激しないようにゆっくりと男はそれを“剥がす”。
1時間に0.1ミリ。1日に0.5インチ。
こうして概ね剥がし切るまで実に1週間を要した。
その間、誰もここへは来ていない。
この施設は成る程、北央帝国首都という厳格に管理された都市のただ中にあって尚、余人の立ち入る隙のない態勢を敷いているということなのだろう。
「やれやれ。
リザも連れて来るべきだったな」
呟きと共に“何か”を剥がしきる。
1週間かけて、男はそれをやり遂げた。右手のみで。左手で自動機械を組み上げた以外は他に一切の何をすることもなく、睡眠も食事も排泄も、生物の活動に必要とされる行為のおよそすべてを排除して、作業にだけ専従していたのである。
見る者がいれば驚愕していただろうか。
否、そうではない。そうではないのだ。
この男であるからだ。
故に“そういうこと”もあるのだろうとしか、人は、考えられない。
右手に“何か”を掴んだまま、男は左手で上着の内ポケットから小型のモノクルを音もなく取り出す。ただのモノクルだ。特別な機能はない。遙かカダスは“大辺境”の彼方、砂漠都市の露店で買い付けたものである。
けれど、彼にはわかる。わかってしまう。
なぜなら、彼は《万能》であるのだから。
──剥がしきった“何か”をモノクル越しに見つめて。
──背の高い男は頷いた。
「成る程、拡大変容(パラディグム)の可能性を備えた鉄人形と言う訳だ。喩えて言うなれば、そう、血なくして肉さえもなき虚ろの躯。であれば、そう。
こういった《ふるきもの》が付着することも可能か」
──男には聞こえている。
──飛沫の如きささやかな“何か”から聞こえてくる声が。すなわち。
『──た──』
『──す──』
『──け──』
『──て──』
「成る程、興味深い」
|