2011.12.09 キャスト表にボイスサンプルを追加。こちらからご確認ください。

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 ──それは、20世紀初頭のどこかでの出来事。
 ──それは、北央歴にして2210年代のいつかの出来事。

 肘掛椅子(アームチェア)に腰掛けた若い男がいた。
 冷ややかさきわまる鋼鉄で構成された暗がりの部屋の中にあって、英国風とも新大陸東部風とも取れる仕立ての良い黒い紳士服(ダークスーツ)に身を包み、赫い遮光眼鏡(サングラス)で瞳を隠した男の顔に張り付いた表情は、僅かな笑みだった。何かに悦ぶ訳でもない。何かに安堵する訳でもない。僅かな笑み、冷ややかな。笑みひとつ浮かべるごとに部屋の温度が数度ずつ下がっていくかのように思う者もいるかも知れない。確かに人間の表情ではあるのに、どこか無機質を思わせるのは何故か。
 鮫の笑みだ。
 笑うはずのないものが、そうしている。
 世界の歪みを感じさせる表情ではあった。

 男は暗がりで鮫のように笑って、柔らかな光を見ていた。
 暗がりの部屋の中にあって、その中央に位置する祭壇が如きある種の“機械”の上に佇み、たゆたい、柔らかな印象を発し続ける光。

「なるほど《幻異》とは」

 笑ったまま、男は告げる。
 赫い遮光眼鏡に柔らかな光を映しながら。

「斯くも無知であるものか」

 男が笑みを向ける対象は柔らかな光であるのか。それとも、柔らかな光を生み出した何かに対してであるのか。それを理解する者はここにはいない。男の言う通り。ゆるやかに揺れ動くこの光は、無知なのだから。
 何もかもを予感しながら。
 何もかもに無知でいる光。
 それが、この光だ。

『そう』

 光が言った。
 柔らかに、しかし、どこかに儚さを湛えて。光が話す? そう、これは天然自然の発光現象ではない。よく、似ていたが、失われた空がかつてもたらした光に、よく似てはいたが。まったく異なるものだ。
 天然自然にあり得ないものだ。

『であるが故に。入力者であるあなたよ。
 私/我々は、情報書庫(データベース)を検索する必要性を感じています』

 柔らかな光の周囲には何かが浮かんでいる。
 おとぎ話のように、それは輝く平面の四角形の群れだ。暗がりの中に浮かび上がる発光する複数の四角形はいかにもオカルトめいた光景ではあったものの、実のところ、ただの機械装置に過ぎない。最新の“気晶画面”なる、特殊な機体を利用して像を結ぶ映像装置が総じて6つ、ただ起動したものだ。

 画面6つ。そのうちふたつには蒼天が描き出されている。
 他の4つに関しては、どれもこれもが砂嵐の如き無機質なものしか映していない。
 けれども、みっつ目。
 みっつ目の画面が何かを映し出した。
 それは──

 

 

 ──対峙した、ふたりの男の姿だった。
 ──殺そうとする紫髪の男と、殺されかけてなおくずおれない黒髪の男。

 柔らかな光が揺らぐ。
 それは、何かに戸惑う人間の表情を思わせる。

『これは、殺人行為ですか』

「どうかな」

『これは』

「残念ながらそうではない。
 これは、そうだな。ある種の心の在り方の具現だ。ふたつがせめぎ合う」

『しかし……』

「そう。お前が奇妙に思うのも当然だ。
 片方の男の手は赤熱している。それに、そもそもまともな人間の手でもない。
 鋼鉄(クローム)の籠手なんぞ、この頃にはこの都市にしか存在しなかった」

『……』

「あとはそうだな。
 殺されかかっている男もだ。大気の歪みがわかるか。
 これほどまでに赤熱した物体に触れられてもなお男は生きている。
 再生しているんだよ、人ならぬ業(わざ)で以て」

『……』

 柔らかな光は何も言わない。
 ただ、何度か、揺らぎ、瞬いたのみで、言葉を発することがない。
 光は何かを感じただろうか。わからない。

 そして、よっつめの画面が本格起動する。
 映し出されるのは、また──

 

 

 ──夜の街を歩く一組の男女だった。
 ──先程の黒髪の男と、どこか黒猫を思わせる女とが、何処かへと歩く姿。

 柔らかな光が揺れる。
 それは、羨望を以て何かを告げる人間の仕草を思わせる。

『先程の男性』

「そうだ。あの男だ。
 おとぎ話の魔法使いの如く自らの傷を癒して生き延びた男だ」

『おとぎ話』

「超自然のすべを得た男が、異形の女と睦み合う。
 ただの人間のように」

『人間』

「お前はこれに何を思う」

『ああ……』

「何とか言え」 男は鮫の笑みを崩さない。

『私/我々は、この思考ノイズを表現する言葉を持ちません』

「またそれか」

『先程の姿を見た為です。なぜ。なぜ?
 私/我々は何かの違和感を得ている。大いなる疑問と共に。おとぎ話。異形。けれどもこの姿はあなたの言う通りに、まるで、人間だ。これは幸福の象徴であるのか、それとも、別の何かであるのか。メスメル式《例題》による再構成を求めます。
 これは重要事項です。私/我々はそれを知りたい』

「興奮するな。落ち着け」

 男は言った。
 赫色の遮光眼鏡の奥の瞳を細めて。
 浮かび上がるふたつの画面に映し出された人々を指すと──

「是なるは、遥か彼方の人々の物語。
 是なるは、触れ合う心が残す痕跡。
 時に、空を灼き尽くす赫色を背負ってもなお足掻いた、彼らの生きた都。
 この都市の名をお前に教えてやろ」

『都市の名。それは』

「──異形都市。歪みと涙の果て。名は、赫炎のインガノック」

 

                                (つづく)

 

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