──それは、20世紀初頭のどこかでの出来事。
──それは、北央歴にして2210年代のいつかの出来事。
鋼鉄(クローム)で構成された暗がりの部屋がある。
そこには、今、ふたつの意識があった。
ひとつは柔らかな光だ。部屋中央に位置する祭壇が如きある種の“機械”の上に佇み、たゆたい、柔らかな印象を発し続ける天然自然ならざる柔らかな光。機関外灯の類による独特の硬質な光とはあまりに異なる、柔らかな、光。
柔らかな光だったから。
もうひとつは男だ。肘掛椅子(アームチェア)に腰掛けた若い男。英国風とも新大陸東部風とも取れる仕立ての良い黒い紳士服(ダークスーツ)に身を包み、赫い遮光眼鏡(サングラス)で瞳を隠して鮫のように笑う男。
柔らかな光の周囲には何かが浮かんでいる。
おとぎ話のように、それは輝く平面の四角形の群れだ。暗がりの中に浮かび上がる発光する複数の四角形はいかにもオカルトめいた光景ではあったものの、実のところ、ただの機械装置に過ぎない。最新の“気晶画面”なる、特殊な機体を利用して像を結ぶ映像装置が総じて6つ、ただ起動したものだ。
画面6つ。
最初のふたつには蒼天が描き出されている。
次なるふたつには自然ならざるクラッキング光などが描き出されている。
最後のふたつには黒い男と黄金瞳の少女、機械の女が描き出されている。
3の寓話を顕すものだ。
3の物語を映すものだ。
ある意味では真実を掘り探るための黄金三角でもあるのだろう。
『ひとつ、蒼天のセレナリア』柔らかな光が告げる。
「そうだ」男は頷く。
『ひとつ、赫炎のインガノック』
「そう」
『そして、漆黒のシャルノス』
「そうだ。
そうだとも。
哀れにも空洞なるお前。無垢であるがゆえにゼロであり、何もかもに染まり得るお前。お前に“正しい”入力を施すことが俺の役目ではある」
『私/我々は入力を確認しました』
「では、拡大変容(パラディグム)にはもう充分だと?」
『いいえ』
「ほう」男の笑みが深くなる。
『私/我々は回答を得ねばならない。これまでに入力された3つの寓話、3つの物語は私へ既に入力された情報とは大きく異なる性質のものであって、私はこれらの3つのものを愛おしく思うが、けれども同時に、大いなる疑問を抱くものでもあるのです』
「ならば」
遮光眼鏡の男は立ち上がる。
両腕を広げ、暗がりの天井、暗さのあまりどこに果てがあるかも定かでない上、空へと向かって高らかに。告げる。空を求めるように、空に焦がれるように、空を呪うように。
空を。否、神を呪うように。
「ならばお前は知る必要があるだろう!
蒼天の光景を胸に!
赫炎の歪みに涙し!
漆黒の彼方から生き延びた、ただひとりの男、彼奴の旅路の終焉を見るがいい!」
『彼奴……?』
柔らかな光の眩さが一際強くなる。
それは、興奮極まって声を張り上げた年若い人間の仕草を思わせる。
「彼奴こそ《雷電の男》だ!
この現界にて、ペルクナスとなることを選んだただひとり!」
男の笑みが深くなる。
鮫の不気味さをも超えて、最早、史実の果ては深淵の底にてほくそ笑む邪悪なる眠りの水神をさえ想わせる邪悪さを伴って、男は口を開いて笑みを見せる。大きく開いた口。そこから覗くものは何だ。白い刃。牙だ。およそ人間にはあり得ない補食獣の如き牙が、伸びていた。見えたのではない。伸びたのだ。今。
「いいか。この世界にあって、彼奴だけが」
『彼だけが?』
「──彼奴だけが、偉大なりし我ら《結社》ただひとりの“敵”であるのだ」
To Be ... |