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 ──それは、20世紀初頭のどこかでの出来事。
 ──それは、北央歴にして2210年代のいつかの出来事。

 柔らかな光があった。
 見る者に息を呑ませる光ではあった。
 鋼鉄(クローム)で構成された暗がりの部屋の中にあって、その中央に位置する祭壇が如きある種の“機械”の上に佇み、たゆたい、柔らかな印象を発し続けるその光は、天然自然の発光現象ではない。しかし、機関外灯の類によるものでもない。独特の硬質な光とはあまりに異なっていた。そう。
 柔らかな光だったから。

 この時代、人類は機関(エンジン)なるものを得ていた。
 灯りをともすもの。未知と無知の暗がりを切り拓いてあまねく世界に文明の灯りをもたらすこととなった、まさしく現代文明の原動力だ。

 蒸気機関である。
 文字通りに、蒸気を利用した外燃機関。

 20世紀初頭、190X年たるこの現代社会を、あるべき《史実》すなわちあなたたちの知る歴史から大きく歪めることとなった技術である。基本的な原理はそう変わらないが、何せ、この時代、この世界、蒸気機関はあらゆるものを“強化”するに至った。
 生産と生活は大きく変化することとなった。
 世界は発展したのだ。第二次産業革命とでも言うべき、蒸気機関時代の到来は、あらゆるものを変えた。変わらなかったものは何かあるだろうか。ないかも知れない。あらゆるものが変化し、強化された。消えゆくものも幾つかあったが、忘れ去られた。
 たとえば。そう。
 柔らかな光であるとか。天に浮かぶ光。

 人々は空を失った。
 正確には、あの、どこまでも澄み渡る美しい昼の空を失ったのだ。
 夜の星々をも失った。
 ああ、そうだとも。
 柔らかな光を、我々の現代文明は発展と共に失った。

 なのに──
 この鋼鉄の暗がりの部屋には柔らかな光があった。
 しかし、先ほど述べた通りに、それは天然自然の発光現象ではない。よく、似ていたが、失われた空がかつてもたらした光に、よく似てはいたが。別物だ。
 なぜならそれはどうやら“人”の一種のようであるから。

『空が、見える気がします』

 柔らかな光が言った。
 応える者はいないかに見えたが、暗がりの部屋には誰かがいた。人間だ。英国風とも新大陸東部風とも取れる仕立ての良い黒い紳士服(ダークスーツ)に身を包んだ、赫い遮光眼鏡(サングラス)を掛けた若い男だった。
 端正な顔立ちの男ではあったが、表情は実に無機質だった。
 もしや機械で出来ているのだろうか。
 欧州各地の社交界で隆盛を誇るオカルト・ブーム、その流れの中でたゆたう遊興のオカルティストの間で囁かれる存在の中には、確か、肉体のすべてを機関機械(エンジン・マシン)に置き換えた完全機関人間(エンジン・ヒューマン)なるものが囁かれもするけれど、そんなことが有り得るはずもない。この男もやはり人間なのだろう。機械のように、冷ややかな男であったとしても。

 男は肩を竦めて、言った。
 柔らかな光を肯定する言葉だった。

「そうだな。お前には見えるだろう。蒼天の世界が」

『青い空の世界?』

「ああ。そうだとも。蒼天。青。既に我らは空の青を失ったが、かの異境、英国北海の彼方にあるカダス地方。その更なる彼方の未知の領域には、未だ、あるんだ」

『青が』

「ある。青い空。青い海。そして、無限の星々が」

『私/我々は、情報書庫(データベース)を検索する必要性を感じています』

「勝手にしろ」

 男は再び肩を竦める。
 すると、柔らかな光は、言葉を放ったそれは、興奮に揺らめきながら、ゆらゆらと光の粒を周囲に散らす。鋼鉄の壁に光の粒子の幾つかがぶつかると、不可思議な発光現象が起こった。物質とも幻ともつかない光。クラッキング光という名であるそれを、まだ、柔らかな光は知ることがない。

 柔らかな光は何かをした。
 するりと光の周囲に浮かび上がるものがある。
 魔法のように、それは輝く平面の四角形の群れだ。暗がりの中に浮かび上がる発行する複数の四角形はいかにもオカルトめいた光景ではあったものの、実のところ、ただの機械装置に過ぎない。最新の“気晶画面”なる、特殊な機体を利用して像を結ぶ映像装置が総じて6つ、ただ起動したに過ぎない。

 画面6つ。どれもこれもが砂嵐の如き無機質なものしか映し出さない。
 けれども、ひとつ目。
 ひとつ目の画面が何かを映し出した。
 それは──

 

 

 ──蒼天を仰ぐ、ふたりの娘の姿だった。
 ──赤髪の娘と。紫髪の、変わった風体の娘。あとは小動物が1匹。

 柔らかな光が揺らぐ。
 それは、何かに焦がれる人間の表情を思わせる。

『これが、青い空』

「そうだ」

『これは』

「どうだ。何かを感じることがあるか」

『これは……』

 柔らかな光は何も言わない。
 ただ、何度か、揺らぎ、瞬いたのみで、言葉を発することがない。
 光は何かを感じただろうか。わからない。

 そして、ふたつめの画面が本格起動する。
 映し出されるのは、また──

 

 

 ──蒼天の下に在る、ひとりの女だった。
 ──先程のものと同じだ。やはり、空に何かを感じている誰かの姿。

 柔らかな光が揺れる。
 それは、共感を得て何かを告げる人間の仕草を思わせる。

『ああ。これも』

「そう。それも。どうだ。お前はこれに何を思う」

『ああ』

「ああじゃわからん」 男は嗤う。

『私/我々は、この思考ノイズを表現する言葉を持ちません。しかし、何か。私/我々はその言葉を存在基底に固着させる必要性を感じています。これは重要事項です』

「興奮するな。落ち着け」

 男は言った。
 三度、肩を竦めて。
 浮かび上がるふたつの画面に映し出された、蒼天を指さすと──

「是なるは、遥か彼方の異境の物語。
 是なるは、娘たちが辿る旅の足跡。
 時に、空を埋め尽くす灰色から此方へと旅立つほどに勇ましく。誇り高く。
 この空の名をお前に教えてやろう」

『空の名。それは』

「──遙かなる異境。眩い世界。名は、蒼天のセレナリア」

                                (つづく)

 

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