「姫殿下がその時どういう想いでいらっしゃったのかは、私(わたくし)には想像してさしあげることしかできないけれど、思うの。殿下は寂しかったのよ。それがわかっていながら、私はこの手を差し伸べることができなかった。今でも夢に見るわ。無数の機関動力管に繋がれながら、生きた大計算機(オルディナトゥール)として、生まれ出る大機関(メガエンジン)に命を吹き込み続けなければならない殿下の苦悶、苦悩はいかばかりのものかと。お救い差し上げられなかったことは、私の最大の罪。そう、罪なのよ。あなたはわかって、ロード・クシナイアン」 「イエス・マイ・レイディ」
北央帝国首都中央に厳然と聳える巨大建築物(メガ・コンストラクト)、皇帝城。 彼の名はロード・クシナイアン。 記録上、最も近年に北央帝国軍に騎士隊が登録されたのは200年前のこと。 カダス最高の碩学の称号《十碩学》のひとつ《機関の女王》を有するレイディ・エイダ自らが開発した最新式モニターに映り込む、ひとつの赫色の数値。それが急速に増大していたこの数時間、ロードはずっとレイディの言葉に聞き入っていた。 ──この数時間というもの。 レイディが唯一、瞳に憂いを帯びて語るのは亡き父君たるC=G・バイロン卿についてではない。北央大陸西部の小王国へ輿入れした先々代皇帝の姫君の子孫として生まれ、現皇帝クセルクセス9世陛下の養女となった、第3位帝位継承権を有する年若き姫、クセルクセス・セルラ・ブリート殿下について語る時のみ彼女は悔やみ、憂いを浮かべる。 なぜ、レイディが悔恨していたのか。 「マイ・レイディ。フェルミ観測機関の反応は既に消失したと思しい。どうか、ご自分を責められるのはお止めくだされ。姫殿下の不遇はレイディの手すら及ばぬ事柄」 「……私が、自分を、責める?」 「イエス・マイ・レイディ」 広大なるカダス北央帝国にあって、この、ロード・クシナイアンだけが。 ロードは恭しく床へ膝を突くと、頭を垂れた。 「お心を鎮められよ、レイディ・エイダ。恐るべき《大消失》は回避された。かの地も、更に遠き地へと赴かれた姫殿下もご無事でありましょう。であればこれより先は、貴女は私へとか弱き言葉を紡ぐべきではない。悔やまず、恐れず、政務に励まれよ」 「お説教という訳ね、誇り高きロード」 「御意に」 「この私にお説教をしてくれるのだもの。本当に、感謝しないとね。助かるわ。ええ、そう。そうですとも。私は自分を責めるでしょう、姫殿下が救われぬ限り、永遠に。たといこの空が失われた色を取り戻したとしても、あの清らかな少女が苦しむ限り、私は決して許されることがないのですから。私の“懺悔”に付き合っていただいて有り難う。誰よりも誇り高き我が騎士、ロード・クシナイアン」 「イエス・マイ・レイディ」 「さあ、楽しい政治の時間だわ。深く静かに数(すう)と戯れましょう」
──レイディ・エイダはゆっくりと瞼を閉じて。
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