「今宵もご機嫌麗しく、美しくも思慮深きカトリーヌ・ロレーヌ侯爵夫人」

「恐縮ですわ。1級子爵閣下」

「かのドーマン準筆頭侯爵の賓客と言う触れ込みなれば、如何なる女傑かと思いきや、斯様に美しい貴婦人でいらっしゃったとは。どうか、私の名と顔を覚えていただきたい」

「あら。私はこう見えて女傑そのものでしてよ」

「ならばその美しさと、星の歌声の如きお声こそが剣なのでしょうな」

「いいえ。この尊くも眩き王侯連合のレディたちには、きっと及びませんわ、閣下」

 ──暗雲に満ちた世界の東に大国あり。
 ──かの“北央帝国”にも並び得る、大国なり。

 国の名は“王侯連合”。
 北央大陸の東、大灰洋の果てに位置する東大陸の覇者たる国家“王侯連合”こそ、無数の貴族、王族、諸侯たちによって形作られた巨大連合国家。
 ともすれば容易に分裂しかねない国家体制を、強大な軍事力と財力とで支える7名の大貴族“選帝侯”。彼らの選ぶ“連合皇帝”は、有力貴族たちの集う連合議会を束ね、連合内に組み込まれた旧大国の太守たちから成る元老院の力を借り受け、さらには“選帝侯”直々の後押しを得ることで、10年ほどの短期とは言え、一時的に北央帝国皇帝と並ぶ世界最高の権力を得ることになる。

 それ故に、
 連合に在する貴族たちは誰もが一度は夢を見るのよ。

 世界を二分する力のひとつの頂点として、
 世界さえ左右する神の如き権能を有して、
 連合に君臨することを──

 所謂、こんなものは社会的常識というあれ。
 結社の情報書庫(データベース)で確認するまでもないこと。
 こうして私に、西享はフランス神聖王国から“来たということになっている”カトリーヌ・ロレーヌ侯爵夫人に、懸命に声を掛けてくるのも無理からぬこと。年若く野心と欲望に溢れた貴族たちには、準筆頭侯爵に縁故を有する若い女だなんて、晩には食卓に並ぶ数多の料理のひとつとなる子羊程度にしか見えていないはず。

 もっとも。
 私からすれば、子羊は、貴族の殿方のあなたたちのほうなのだけれど。

 今宵も社交界のパーティに興じるあなたたち。
 表情の仮面、微笑み、噂話、陰謀、民衆の血よりも高価な果実酒、技術の粋を凝らした機関楽団、大半が廃棄されることになる料理の山。彫刻とも祖霊碑とも取れそうなお菓子の塔。質の悪いおとぎ話にも思える、優雅な踊り。優美な踊り。
 今宵も燔祭の宴に踊る愚かな子羊のあなたたち。

 それを口にはしないわ。
 それを声には出さない。
 ただ、優雅に、優美に、彼らの想像と欲望とに忠実に、微笑んでみせるだけ。

「ときに、子爵閣下?」

「何でしょう、レイディ・カトリーヌ・ロレーヌ」

「お恥ずかしい話をしてもよろしくて? 秘密のお話」

「無論です。おお、むしろ光栄の極み。ご婦人と秘密を共有することは連合紳士の誉れ」

「そこまで仰っていただけると、かえって、気後れしてしまいます」

 子爵を相手に、私は、くすりと微笑んでみせる。
 少女のように。くす。
 娼婦のように。くす。

 少女の成分をスプーン1杯、娼婦の成分を1つまみ、悪戯っぽさと申し訳なさを香り付けに幾らかまぶして、かつて欧州に数多いた古い古い魔女(ウィッカ)たちが視線と声とでそうしたように、1級子爵閣下に罠をかける。如何に、陰謀と暗躍と謀殺とに慣れた生え抜きの野心家貴族といえども、私にかかればこんなもの。毒にもナイフにも細心注意を払っているのでしょうけれど、お生憎様ね。

 これは、毒でもないし。
 それに、刃でもないのよ。

 けど、逆らえる男などそうはいないわ。
 いない。そうでしょう?

 たとえば、鋼鉄(クローム)でできているのでなければ。
 たとえば、鋼鉄(メタル)と化していくのでもなければ。
 どうとでもできる。

 ──ひとの想いを友とした、この私には。
 ──ひとの想いに葬された、この私には。

「実は、私、陶器に目がないのです。閣下。
 大英帝国で、クイーンズウェアの見事さに溜息を漏らしてしまったのが始まりで」

「ジョサイア・ウェッジウッド公の陶器ですね。白の蕩ける見事な陶器と」

「ええ、ウェッジウッド公」

「所謂《機関革命》後に、碩学爵を与えられたほどの人物であるとか。
 公の残した株式会社とその芸術的製品の素晴らしさは、連合にも伝わっています」

「ええ。そう。ローラ・ネーデルマン様と同じ、ジョサイアの名をお持ちの」

「レイディ、その名を口にしては──」

 ──死ぬのでしょうね?

 もしも、ここが、両世界を灰色に変えた中心の北央帝国であるなら。
 もしも、この私、なんとかいう侯爵夫人さまが帝国臣民であるなら。

 きっと、この場でただちにギロチンに駆けられていたでしょうね。
 それとも新型長銃で蜂の巣かしら。
 まさか、火刑ということはなかったと思うけれど、新型機関兵器の実験台くらいにはされていたかもしれないわね。それぐらいのことを、悪戯っぽく私は言ってみせた。

 言ってみせたのだから。
 ええ、勿論、どういう意味かなど識っているわ。

 ローラ。ローラ・ジョサイア・ネーデルマン。
 その名にどういう反応を示すかで、その人物がどの程度のものであるかを計れるというもの。カダス文明圏の権力者、知識人というものは、大抵がそういうもの。北央ならぬ王侯連合といえども、公衆の面前でローラの名を口にしようものなら、貴族への逮捕権さえ有する近衛軍警察に逮捕されるか拷問されるか粛正されるか。あら、さほど、北央帝国と大差はなかったかしら。
 愚かなものね。

 無論、この私自身の愚かさを横に置いた上での話。
 それでも、愚かしいものは、愚かしいとしか言いようがないわ。

 ローラ・ネーデルマン。
 おとぎ話のディーラ・ドゥーラ。
 嫌い嫌いのディーラ・ドゥーラ。

 神なきカダスにあって神の如きひと、北央帝国皇帝に逆らった女。
 世界の果てを超えた女。

 ──私と同じ時代を生きた女。ローラ。
 ──叶うなら、あなたが見たもの、見ようとしたものを識ってみたいけれど。

「侯爵夫人、いけません。万が一私が近衛の軍警察に」

「ご連絡なされば、私は、きっと、酷い目に遭うのでしょうね。
 四肢をもがれ、頭蓋の奥底まで精査されてしまうのでしょう。
 ああ、なんて恐ろしいこと。けれどドーマン閣下、貴方はそうしないでしょう?」

「レイディ」

「閣下は、第2首都のタインズマン筆頭侯爵と懇意にされていらっしゃるとか」

「何のお話を」

「更には、タインズマン閣下が後見をなさっている現連合皇帝陛下とも、
 閣下は昵懇の仲でいらっしゃると、私、どういう訳か耳にしてしまいましたの。
 おふたりがお若い頃よりどういった学問を好んでいらっしゃるか、という噂も」

「……」

「わたし、先ほど言いましてよ。ドーマン閣下」

「……失礼しました。レイディ・カトリーヌ・ロレーヌ。
 貴方は私の出会う初めての女傑だ。どうやら、ただ美しいだけの西享人形ではない」

 ──女傑だなんて。まあ、仕方ないわね。
 ──もっと、私は、乙女らしい呼び名を好んでいたのだけれど。

 

 



[Valusia of shine white -what a beautiful hopes-] Liar-soft 26th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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