──黄金瞳の姫と出会ったのは偶然だった。 青い空の下で私たちは出会った。 更に言えば、いつか尊く在りながらも歪んでしまった想いと共に灰色雲と青空との狭間の果てに消え失せたバイロン卿の《大数式》による演算結果のひとつであるとも言えるだろうし、R・カーター卿がこの青き空の下で今なお求める《赤色秘本》の呪いを今も受け止めるあれらのせいであるとも言えるだろうし、私があの赤毛の娘の元へ置いてきた樟脳セルロースの筺に納められた《緑色秘本》の因果であるとも言えるだろう。 私はそういう風に定められている。 そういうものなのだから仕方ない。 無名大陸はミルゴの遺跡森林の深迷宮で《ふるきもの》の導きを一切受けぬ異形はびこる魔階に到達してしまった時や、月から来たる偽なるウルタールの一団に遭遇してしまった時は、偶然だったが。しろがねの船を操る赤毛の娘に遭遇してしまった時、北央帝国の都であの老人から涙ながらに秘本を手渡された時は、偶然ではなかった。必然だ。 偶然だった。 この日、この時、レン大陸は《山岳王国群》の一角でチャールズ・バベッジの遺した碩学式飛空艇と私が再会することは必然だった。この場合正確には私ではなくヤーロとの再会となるのだろうが、私にとっては些細なことだ。私はただあらゆる情報を受容して自動的に発信し続けるのみ。私にとって偶然であったのは、後天的に発現したごくごく稀少な型の黄金瞳を有する人物と遭遇してしまうことだった。虚空黄金瞳との接続を私は一瞬だけ危惧したが、杞憂であった。姫、黄金瞳を有する少女であるところのクセルクセス・セルラ・ブリートは《時間人間》には属していなかったことを私は即座に認識できた。 「はじめ、まして。私は、ヤーロ・マク=ラド、です」 ヤーロは語る。 「はじめまして。妾……あたしは、クセルといいます。 「似て、いました、か」 「……はい。言い伝えの《使者》に」 「なら、あなた、は、《使者》に告げるべき言葉を、持って、いますね」 ヤーロは語る。 姫は、約束された古い“言葉”を静かに語ってみせた。それは既に私とヤーロが数年前の帝国首都で皇帝血族の一員たる老人から伝えられたものではあったけれど、ヤーロはその過去を姫には教えなかったし、私もそれを特には望まない。未だ古き《盟約》を忘れない初代皇帝の末裔たる皇帝血族の彼らにとってヤーロの、私の、この体の外見が意味するところは重要だ。初代皇帝が伝えた通りの外見であるこの体に如何なる意味と涙が込められているかを私は私として認識しており、ヤーロは老人との対話を経た彼女自身の経験として知り得ているが、目前の黄金の姫の裡にあるものに比べれば大したものではないだろう。だから、私は不意に黄金瞳に雫を浮かべた姫のことを当然と受け止め、ヤーロはそこに何らかの意味を見出したのだろう。だからこそ、こうして。 「認識、しました。ロムの遺志、を、受容、します」 「……ありがとう」 「私、は、既に、マク=ラド、です。お礼、を言われる、こと、では」 「いいえ。ありがとう。 「いいえ。お礼を、言われる、こと、では」 ヤーロは語る。 こういった事態は滅多にないことであるし、私が制する必要もない。そもそも基本的な方針として私は対話と交流を今や儚いまでに薄まりつつある彼女の自我なるものに任せることにしている。一切の問題はない。私としては受容体であり発信器であるこの体が無事に維持できていればそれ以外に欲するところはない。ミルゴの遺跡森林における迷宮の魔階生物(ダイダロス)や大型の攻性生物に遭遇したのであれば話は別、すぐさまにヤーロから体を奪った私に許された数少ないの肉体の強制動作回路であるところの逃走を選択するだろう。それもまた必然。困難を事前に回避できるに越したことはないのだが、それを成すほどの必然を運命の如き強固さで生み出すのはバイロン卿の《大数式》であって、私の認識するところの必然はそこまでの強制力を持たない。ごく単純に表現するのであれば、たとえば── 「ヤーロさん……?」 姫の言葉が私とヤーロの耳へ滑り込む。この体を案じる声だ。 たとえば、 たとえば、 たとえば、
ごく単純な話だ。 ──空に星が輝くのならば。
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[Valusia of shine white -what a beautiful hopes-] Liar-soft 26th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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