──黄金瞳の姫と出会ったのは偶然だった。

 青い空の下で私たちは出会った。
 私の緑色の髪を目にして、姫が涙を浮かべかけたのは血脈のためだろうか。
 それ自体は、必然だ。本来的に、私の行動に関する自称は必然で成立している。それはこの惑星カダスに今も残る《ふるきもの》の導きによるものであると言えるだろうし、かつてこの惑星カダスに在って栄華を極めそして滅びた古代文明であるところのウルタールの遺した輝きのわざに依るところであるとも言えるだろうし、そのどちらにも関わりを有する旧き日には少年であったシュプララプセールの王にして北央帝国初代皇帝であるところのトート・ロムの紡ぐ願いのせいであるとも言えるだろうし。必然ばかりだ。

 更に言えば、いつか尊く在りながらも歪んでしまった想いと共に灰色雲と青空との狭間の果てに消え失せたバイロン卿の《大数式》による演算結果のひとつであるとも言えるだろうし、R・カーター卿がこの青き空の下で今なお求める《赤色秘本》の呪いを今も受け止めるあれらのせいであるとも言えるだろうし、私があの赤毛の娘の元へ置いてきた樟脳セルロースの筺に納められた《緑色秘本》の因果であるとも言えるだろう。

 私はそういう風に定められている。
 私はそういう風に出来ていている。
 故に、そう行動する。
 必然だ。

 そういうものなのだから仕方ない。

 無名大陸はミルゴの遺跡森林の深迷宮で《ふるきもの》の導きを一切受けぬ異形はびこる魔階に到達してしまった時や、月から来たる偽なるウルタールの一団に遭遇してしまった時は、偶然だったが。しろがねの船を操る赤毛の娘に遭遇してしまった時、北央帝国の都であの老人から涙ながらに秘本を手渡された時は、偶然ではなかった。必然だ。
 なぜなら私の脳からは予想を外れた自体に出逢うという概念が消え失せている。
 すべて必然。すべて必定。すべて。すべて。もしも驚いたような顔をすることがあるのであれば、それは私ではなくて私がマク・ラド(放浪者。枷なきもの。旅するものの意)へと変貌させてしまったこの体本来の持ち主である少女(ヤーロ)の朧気な反応であって、情報の受容体であり中継体として存在している私にとっては、天然自然たる世界で起こり得るすべての自称が必然である。そのはずであったのだが。

 偶然だった。
 黄金瞳を有する、この、黄金色の髪を持つ姫と出会ったことは。

 この日、この時、レン大陸は《山岳王国群》の一角でチャールズ・バベッジの遺した碩学式飛空艇と私が再会することは必然だった。この場合正確には私ではなくヤーロとの再会となるのだろうが、私にとっては些細なことだ。私はただあらゆる情報を受容して自動的に発信し続けるのみ。私にとって偶然であったのは、後天的に発現したごくごく稀少な型の黄金瞳を有する人物と遭遇してしまうことだった。虚空黄金瞳との接続を私は一瞬だけ危惧したが、杞憂であった。姫、黄金瞳を有する少女であるところのクセルクセス・セルラ・ブリートは《時間人間》には属していなかったことを私は即座に認識できた。
 私は姫との接触を望まなかったが、ヤーロは異なっていた。
 普段は私の主導によって動くはずの体はヤーロへと移り、唇が自然と開いていた。
 これは必然だろう。

「はじめ、まして。私は、ヤーロ・マク=ラド、です」

 ヤーロは語る。
 本来彼女のものである唇を開いて。

「はじめまして。妾……あたしは、クセルといいます。
 先刻はごめんなさい。あなたの姿は、とても、その、あたしの家の……」

「似て、いました、か」

「……はい。言い伝えの《使者》に」

「なら、あなた、は、《使者》に告げるべき言葉を、持って、いますね」

 ヤーロは語る。
 私は彼女のするがままにさせておいた。

 姫は、約束された古い“言葉”を静かに語ってみせた。それは既に私とヤーロが数年前の帝国首都で皇帝血族の一員たる老人から伝えられたものではあったけれど、ヤーロはその過去を姫には教えなかったし、私もそれを特には望まない。未だ古き《盟約》を忘れない初代皇帝の末裔たる皇帝血族の彼らにとってヤーロの、私の、この体の外見が意味するところは重要だ。初代皇帝が伝えた通りの外見であるこの体に如何なる意味と涙が込められているかを私は私として認識しており、ヤーロは老人との対話を経た彼女自身の経験として知り得ているが、目前の黄金の姫の裡にあるものに比べれば大したものではないだろう。だから、私は不意に黄金瞳に雫を浮かべた姫のことを当然と受け止め、ヤーロはそこに何らかの意味を見出したのだろう。だからこそ、こうして。
 こうして話しかけているのだろうから。必然として。

「認識、しました。ロムの遺志、を、受容、します」

「……ありがとう」

「私、は、既に、マク=ラド、です。お礼、を言われる、こと、では」

「いいえ。ありがとう。
 あたしは、妾は祖父の言葉を覚えています。祖父は、いつか来る“あなた”のことを、最後まで気にかけていました。妾の代に伝えることができて、本当に」

「いいえ。お礼を、言われる、こと、では」

 ヤーロは語る。
 私は彼女のするがままにさせておくだけだ。

 こういった事態は滅多にないことであるし、私が制する必要もない。そもそも基本的な方針として私は対話と交流を今や儚いまでに薄まりつつある彼女の自我なるものに任せることにしている。一切の問題はない。私としては受容体であり発信器であるこの体が無事に維持できていればそれ以外に欲するところはない。ミルゴの遺跡森林における迷宮の魔階生物(ダイダロス)や大型の攻性生物に遭遇したのであれば話は別、すぐさまにヤーロから体を奪った私に許された数少ないの肉体の強制動作回路であるところの逃走を選択するだろう。それもまた必然。困難を事前に回避できるに越したことはないのだが、それを成すほどの必然を運命の如き強固さで生み出すのはバイロン卿の《大数式》であって、私の認識するところの必然はそこまでの強制力を持たない。ごく単純に表現するのであれば、たとえば──
 たとえば──

「ヤーロさん……?」

 姫の言葉が私とヤーロの耳へ滑り込む。この体を案じる声だ。
 それは必然だった。偶然ではなく。約束の“言葉”を告げられた私が、ヤーロが、こういった反応を返すことには何の不思議もない。今やひととは大きく離れた存在となりつつある受容体とはいえ、きっと、ひとの一種には違いないこの体にも、想いは積み重なって時に溢れることもあるのだから。だから、こうして、瞳から雫の幾らかを流すこともあるだろう。時に、涙と呼ばれるものを。流すこともあるのだろう。
 私はそれを必然であるとか使命であるとか、そういった単語で表現するけれど。
 ひとはそれを何と呼ぶだろう。

 たとえば、
 9000の季節の彼方で交わされた少年と少女の恋の結末のひとつと呼ぶか。

 たとえば、
 9000の季節の彼方で込められた少年と少女の願いの涙の煌めきと呼ぶか。

 たとえば、
 幾億幾万の星々の如き輝きを伴い地に充ちた彼らの愛の見せた一幕と呼ぶか。

 

 ごく単純な話だ。
 ただ、想いと血とを同じくするものたちが、出逢ったというだけのこと。そして、それは、私にとっては何ら特別なことではない。必然。必然に過ぎない。姫と出会ったことも、今や私の認識する意味の上での“必然”の中に含まれたのだと言っても過言ではないだろう。ヤーロがいなければ存在すらできない受容体に過ぎぬ私にとって、必然とは、無情や残酷な運命を意味しない。
 恋や願いも、たとえば愛も。
 私の意味するところでは必然だ。
 いいや、むしろ、それこそが必然であるのだとトート・ロムは語るだろう。

 ──空に星が輝くのならば。
 ──私は、地上に数多ある、必然たる尊さの輝きを求めて彷徨うのだから。

 



[Valusia of shine white -what a beautiful hopes-] Liar-soft 26th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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