「いい空! いい雲、いい風、それに、いい香り!」

「はは。随分とご機嫌な様子だな。気に入ったかいお嬢ちゃん、初めての海は」

「はい!」

















 

 滑らかに肌の上を通り過ぎる海風のただ中。
ミミルの姿は、澄み渡る青色の大海を往く中型規模の木造船の上にあった。
魚類の異形種である逞しい海の《セイレン》たちが駆る船の甲板で、青色の海と空とを見つめながら、海鳥たちの囀る歌を聴きながら。ミミルが見つめるのは、空と海との狭間の更に向こう。
話には聞いていたけれど。
すべて、すべて、初めて見るものばかり。
この旅の道筋を教えてくれたあの紳士も、海の美しさまでは口にしていなかった。

 ──きれいな空。海。
 ──きっと、あの子も同じものを見たんだよね。

 自分が進む先を。
 ミミルはまっすぐ、碧緑の瞳で見つめて。

 進めども進めども変わらない景色?
 いいえ、違う。
 いいえ、違う。

 初めて目にする雄大な入道雲はひとの表情のように刻一刻と姿を変えて、風はその勢いをひとの言葉のように強弱をつけて、海原の波はひとの心のように形を変えながらそれでも揺るぎなくたゆたう。
 目にするものすべてが美しく思えて。
 ああ、ミミルは、目を離すことができないのだ。
 頭の中は、船旅の興奮と景色への感嘆で。
 胸の中は、この旅の果てと、砂漠都市で出会った人々への想いで。

 ──今にも溢れ出してしまうそう。
 ──あたし。迷ってる。まだ、迷って、迷って、迷い続けてる。でも。

「ナナイ。あたし、行けるよね。
 うん。行ける。それに、みんなにそう言ったんだから」

「あん? どうしたお嬢ちゃん?」

「ううん、何でも!」

 声を張りながら。
 ミミルはさまざまな顔を思い浮かべる。

 きっとまた会えると言ってくれた踊り子・ナナイ。
 自分の望み・想いをまっすぐ見据えてと助言してくれたアデプト・アナ。
 砂漠のさらに外の世界への旅の道筋を伝え、手配してくれた西享紳士とその従者。
 そして、応援してくれた同じ年頃の友人たち。翼で飛んで、あの子の元へ連れて行ってあげると本気で意気込んでみせてくれた愛らしい友人もいた。
 忘れはしない。
 きっと、ずっと憶えている。
 砂漠都市で過ごした時間の中で、出会って、言葉交わした、あの人々を。

 ああ、果てなき海原を往く船の上で。
 風に吹かれて。
 陽に灼かれて。
 空に抱かれて。
 幾つもの想いを抱きながら、ミミルは、静かに想う。

 ──あたしは。まだ言っていないことがある。
 ──あの、赤毛の少年に。

 それが恋なのかどうかミミルは分からない。
 それに、もしもそうならひどい話。
 だって、その恋は叶えられることがないのだから。

 でも、それでも、ミミルは今、晴れやかな気持ちで海原の果てを見つめられる。
 空の青が、海の青が美しいから?
 いいえ。
 いいえ。

 たとえ、叶えられない想いなのだとしても。
 それでも。

「あたし……」

 



[Valusia of shine white -what a beautiful hopes-] Liar-soft 26th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
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