廃墟都市NY
廃墟都市ニューヨーク
作中における「厳然たる現実」。
廃墟。かつては世界最大の機関都市だったが、今世紀初頭、1902年に発生した異常災害《大消失》により、廃墟と化してしまった。排煙をもたらす工場がなくなった現在でも、常に灰色の雲と濁った雨に覆われている。
災害により、約300万の住人はすべてが死亡したとされている。
1908年現在では、合衆国政府によって完全封鎖されている。記録上、廃墟と化した後に正式な調査が行われたことはないとされており、立ち入った者は誰もいない。
1907年末、エリシアがたったひとりで歩き続ける場所。
合衆国
アメリカ合衆国。作中では「アメリカ」とは呼ばれず、合衆国とのみ表現される。
本作の世界では蒸気文明が異常なまでに隆盛な歴史を歩んでいるため、わたしたちの史実におけるアメリカ合衆国との相違点が多々ある。
カダス地方
英国の北方海域の彼方に存在するとされる異境。数十年前、異常発達した蒸気文明を世界各国へもたらした。セレナリアと呼ばれることもある。
ニューヨークで発生した大災害の原因は、本来はこの異境で数年前に行われ、失敗した、超大型蒸気機関の稼働実験ではないかという噂が一部情報筋で囁かれている。
帝国
英国の彼方にある、とされるカダス地方における列強国家。
正式名称は北央帝国。砂漠に周囲を囲まれたヴァルーシアの遙か遠方に位置する、蒸気文明華やかなりし巨大軍事国家。合衆国を始め、世界各地に異常発達した蒸気機関文明をもたらすことになった碩学の国。
帝国の空は、蒸気機関のもたらす排煙で永遠の灰色雲に覆われているという。
機関(エンジン)
現代文明すなわち蒸気機関文明の要たる機械。
あらゆる機械の動力であり、高度な演算を果たす計算機であり、情報処理機械でもある、現在の合衆国における繁栄の要である。
外燃機関であり、大型であればあるほど出力を増す。
かつて1690年に発明された動力機械だが、カダス地方ではその遙か以前から存在していたという。
合衆国を始めとする先進国のほぼ全域で、各都市や軍事施設にはごく大型の中央機関(セントラルエンジン)がひとつずつ設置されている。富裕層の邸宅や機関工場には大型から中型までの機関が設置され、一般の市民のレベルになると、小型の機関が各戸にひとつずつ存在する、という形になる。
かつてのニューヨークには、20世紀に於いては最大のサイズを誇る「大機関(メガ・エンジン)」が数基設置されていた。
灰色の空
カダスとの交流及び技術交換が行われた世界各地では、前世紀である19世紀の時点で既に、青空が失われている。カダスへと渡った欧州の碩学たちはあり得ないほどの性能を蒸気機関に与えるすべを見い出し、結果として、世界全土は機関で埋め尽くされることとなった。
瞬く間に世界各国を埋め尽くした蒸気機関群によって生み出された排煙は空を埋め尽くした。やがて、人々は青空を失い、天には永遠の灰色の空が充ちることとなった。
本作の舞台となるニューヨークでは、そこに時折「濁った雨」が加わる。
消えた幾百万の人々を悼むように、天は涙を流す。
大消失
1902年に発生した、大規模災害。
世界最大の都市であったはずのニューヨークが一夜にして無人廃墟と化した事件。
公にはその原因は公表されていない。
ただ、個人的見解として当時のホワイトハウス報道官は「NYに数多あった大型蒸気機関の連鎖的暴走事故の可能性」を口にし、多くの新聞や人々がそれを信じた。
超大型蒸気機関の稼働実験の失敗であるとか、大規模火災であるとか、水害であるとか、局地型地震であるとか、新兵器の使用実験であるとか事故であるとか、さまざまな原因が無責任に噂されはしたが、現在ではそれらを語る者も多くはない。
何かがあって、恐らく事故で、NYと数百万の人々は消えた。
その事実が、公文書館の記録と、子供たちの教科書とに記されているのみ。
現象数式実験
1902年末のニューヨーク、マンハッタン島で行われた超常の物理実験。
エジソン財団によって主導された国家的実験計画であったが、失敗に終わったという。この実験の存在は一般には明らかにされておらず、エリシアも知らずにいた。
アランはこの計画に携わっていた。
ヴェラザノ海峡橋【地上】
大英帝国首都ロンドンにかつて存在した旧ロンドン・ブリッジをモデルとして建造された居住区画付の巨大海峡橋。かつてこの地を発見したといわれる西欧の探検家ヴェラツァーノの名を戴いている。
構造は上下2層に分かれており、上部に自動車用道路と居住区を備え、下部には機関列車の線路のみが走っていた。上部は当初こそ先進的住宅地として上流、中流層の人間たちがが居住したが、勢力争いを続けるニューヨーク・ギャング同士の抗争の結果、下層の人間たちが集うある種のスラムと化し道路機能も失いかけたが、やがて「武装娼婦」を名乗る娼婦たちによる事実上の治外法権区域と化して治安と道路交通の安定を見た。
1902年の《大消失》の際にその機能を失った。現在は無人であるとされる。
ザ・ブロンクス【地上】
かつてのギャングたちの街。多国籍なギャング、マフィアたちの街であり、日夜あちこちで抗争が行われていた犯罪の街であった。その地下にはアメリカン・ギャングとチャイニーズ・マフィアが争いを繰り広げる地下街が広がっていた。
最も有力なギャングの名として「レッド・ダイアモンズ」の名が挙げられる。
1902年の《大消失》の際に他地区と同じく廃墟と化した。
現在は無人であるとされる。
ロング・アイランド【地上】
ニューヨーク・シティが多民族から成る多国籍都市であることを象徴する地区。
常に多くの移民で溢れかえる賑やかな地区であり、活気に溢れた街だった。中でもアパルトメント複合体であるクイーンズブリッジ団地は有名で、巨大な要塞の如き外観は一種の観光スポットとして機能していた。外国でもQB団地の名はよく知られていた。
1902年の《大消失》の際に他地区と同じく廃墟と化した。
現在は無人であるとされる。
マンハッタン島【地上】
ロング・アイランドやザ・ブロンクス、ブルックリンなどの「外区」も巨大な街であって都市の繁栄を伺うことが可能だが、それらとは大きく異なり、洗練された地区であり最先端の機関技術が街を発展させ、超高層建築が立ち並ぶ世界最大の摩天楼として知られていたのがこのマンハッタンである。
世界最大の機関都市であったニューヨーク・シティの象徴。
しかし、現在では、超高層建築のすべては廃墟であり、かつての見る影はない。
ウォール街/ザ・ウォール【地上】
かつて19世紀初頭、ニューヨーク・シティが建造された際、外洋を越えて訪れる大英帝国艦隊などの外敵に相対するために巨大な壁が建造された。ザ・ウォールと呼称されるそれは、あらゆる攻撃からマンハッタンの軍事基地を守るための壁であり、軍艦からの砲撃を受けてもびくともしなかったという。
その後、合衆国が独立した後にマンハッタンの軍事基地は撤去されたが、抵抗と誇りの象徴としてザ・ウォールはその偉容を残したまま都市は重機関都市へと発展することとなった。巨壁周辺の街は世界最大の金融街として発展を遂げ、故に、1902年の事件の際にはこの街を失ったことで世界経済は多大な影響を被ることとなった。
世界債だの超高層建築数を誇る摩天楼として知られていたが、1902年の《大消失》の際に他地区と同じく廃墟と化した。
現在は無人であるとされる。
ブロードウェイ【地上】
マンハッタン南部の街。世界最大の歌の街、踊りの街、演劇の街、歌劇の街。
かつては幾つものホールや劇場が建ち並び、英国首都のウェストエンドもかくやというほどの賑わいを見せていた。近年世界各地で発展のめざましい『映画』なる娯楽も、この街に育てられた才能が形作ったものだと断言したとしても決して過言ではない。
華やかな文化の中心であり、摩天楼と並ぶニューヨーク・シティの象徴であった。
けれど、1902年前の《大消失》の際に他地区と同じく廃墟と化した。
現在は無人であるとされる。
セントラルパーク【地上】
マンハッタン中央に位置する広大な緑の園。ニューヨーク市民の憩いの場。
拡大するギャングたちの抗争がマンハッタン島へも手を伸ばした一時期にはここもまた銃撃の音が響く犯罪の森と化したが、合衆国政府と都市行政府が合同で行った治安回復運動によって、19世紀末からは子供たちの声が響く平穏の園へと姿を取り戻していた。
当初こそ夜間の立ち入りが禁止されていたが、ニューヨーク治安回復宣言が行われた1885年からは、全時刻において市民や観光客に開放されていた。
1902年の事件以来、無人の、異様にも結晶化した森の残骸だけが残っている。
エンパイアステートビルII【地上】
世界最大の高層建築である。エンパイアステートビルI号塔はわたしたちの知る史実通りの場所、マンハッタン南部に存在しているが、II号塔は重機関工業区となったマンハッタンの北端に建造された。
世界最高の頭脳と称された《発明王》エジソン卿の私有物であり、最先端の機関技術の粋が集められた技術の園であり、彼の許可を得てさまざまな合衆国の公的機関や企業の研究部が設置されていた。大協会やロス・アラモス、碩学協会こと《西インド会社》の研究所もあったという。
ここもまた、1902年の《大消失》で廃墟と化したという。
地下世界NY
地下世界
作中における「幻想の如き世界」。アンダーグラウンド・ニューヨーク。1902年に大災害で廃墟と化したはずの街並みがまるごと、広大きわまる地下空間に移された──といった風景。
ただし、あちこちが歪み、戯画化されたように変化している。高層建築に黒い茨が絡まったり、建物の色が影のように黒ずんだり、直線だった柱が歪んだり、etc。
出口はなく、外【地上】に出ることはできない。
1902年に死んだはずの300万の人間が、地下世界の住人となっていたとされる。しかし《御使い》に襲われることで、かなりの数を減らしている、とも。
一見では「災害の生存者たちが暮らす地下都市」である。
リリィは、ここを彷徨いながらマンハッタンの塔を目指す。
地下世界の住人
アンダーグラウンド・ニューヨークに暮らす人々。
地上のニューヨークに暮らしていたはずだが、1902年末のある日、気付くと、すべての都市住人がこの異形に歪んだ世界の住人となっていた。何故そうなってしまったのか、あの日に何があったかを覚えている者はいない。いないことになっていた。
奇妙なことに、地下の人々は死ぬことは決してない。けれど、7体の《御使い》のいずれかに襲われると、死ぬ。死んだような状態になる。その後、体の一部が鉄(メタル)と化して蘇るのである。
体のすべてを鉄(メタル)へと変えられた者は、物言わぬモールと化して、人間のように考えたり歩いたりすることのできない存在となってしまう。
1902年から、リリィが現れた1907年末までの5年の間に、地下世界に暮らす多くの人々がモールになってしまっている。
《ルフラン》
地下世界の住人に起こり得る特異な現象。
7体の《御使い》に襲われて「死」してもなお、その後、住人が無傷の状態で蘇ることがある。自動的に、体の一部を必ず鉄(メタル)へと換えながら。
この、一連の「死」から「鉄を伴う再生」を地下世界では《ルフラン》と呼ぶ。
多くの場合、記憶の一時的退行を伴う。
消える記憶は数時間から数ヶ月までさまざまである。
1輛だけの地下鉄
リリィの寝床となる場所。1輛だけの地下鉄で、内装は少女趣味満載の「女の子の部屋」のようになっている。ベッドもある、家具もある、カーテンもついている。仕切りの向こうにはシャワー付きの浴室がある。
ひとりでに走り始めたり停止したりする。
リリィはこの「1輛だけの地下鉄」を主な寝床とするが、移動手段としてはあまりアテにしておらず、歩いて移動しようとすることもある。(そういう時は、地下鉄はリリィを後から追いかける)
ヴェラザノ海峡橋【地下】
ニューヨーク外区のひとつ。
廃墟の橋街。1902年の出来事で多くの建造物が瓦礫と化した。
リリィが訪れた際には瓦礫と大茸に覆われた典型的な地下世界の街であり、路地には物言わぬモールたちが蠢き、辛うじて形を保った集合住宅の幾つかで人々が暮らしていた。
特徴的なのは1902年よりも以前から存在する若い女性たちであり、彼女らは武器を持ち、人々の畏怖の対象であるダーク・ギャングが寄りつくのを追い払ってる。
ザ・ブロンクス【地下】
ニューヨーク外区のひとつ。
大洞窟。地下世界の「更なる地下」である地下鉄通路のある位置には、地上と同じくアメリカン・ギャング勢力とチャイニーズ・マフィア勢力がかつて抗争を繰り広げた地下街は広がっておらず、大洞窟と化している。
街を統べるのはかつて「レッド・ダイアモンズ」のボスであった男、アーネスト・ヘミングウェイ。外区ニューヨークで活動するダーク・ギャングの主人であり、西の魔女と並んで東の魔女(アーネストは女性ではないが、西の魔女の対の存在ということで魔女の名が冠された)や東の赤王と呼ばれている。
ロング・アイランド【地下】
ニューヨーク外区のひとつ。
かつての移民の街。現在はモールやグレムリンが極めて多く蠢く静寂の街。
地下世界の人間の数も少ない。1902年末、地下世界で人々が目覚めた時には地上と同じく数多の人々がいたはずだが、《御使い》によってモールへと変えられてしまったのだという。
静寂の城、静寂の街として地下世界では知られている。
ブルックリン【地下】
ニューヨーク外区のひとつ。
東の赤王でも西の魔女でもない、別の王が座しているという場所。
忘却の街という別名がある。
マンハッタン島【地下】
外観であれば地上よりも地下世界のマンハッタンは勇壮である。
地下世界を覆う紫色をした偽物の空が生まれる源こそがこのマンハッタンの北端、紫影の塔であり、地上と同じく人のいない廃墟であるはずの摩天楼の影も、どこか、異様なまでの威容を伴って地下世界の人々の目には映る。
外区ニューヨークの人間にとって、マンハッタンは「行くことのできない場所」であり、ある種の畏怖を伴って名を囁かれている。
地下マンハッタンにも、ブロードウェイやウォール街などに暮らしている人々の姿は在ると言われるが、外区の人々にとってはすべてが噂であり、真実は定かでない。
ウォール街/ザ・ウォール【地下】
偶然にも外区の人間がマンハッタンへ至ることができたとしても、ここで阻まれる。
1902年や、もっと以前と変わらず、この街にはザ・ウォールが聳えており、以前までとは違ってその扉は閉ざされ、行き来は出来ない。
ウォール街にただひとり住む少年が扉の鍵を有しているとされ、彼は、ザ・ウォールの向こうからこちらへ出てくる者は通すが、ザ・ウォールの向こうへ行こうとする者を絶対に通さないのだという。
少年に逆らうことはできない。今や彼以外には誰ひとりとして人間が存在しないウォール街に在って、今や、猫から人の姿へと転じたと噂される猫(ネコビト)たちこそが街のあるじであって、彼女ら猫を統べる少年の意思はここでは絶対なのである。
ブロードウェイ【地下】
ザ・ウォールで隔てられているために訪れる者はひとりもいない。けれど、ここは、地下世界で最も華やかで賑やかな街である。
1902年に起きた“何か”の後、目覚めた時にこの街にいた人間たちは、地下世界における他の人間たちと同じく、以前と同じように暮らすことを選んだ。すなわちこの街を住処とする彼らは歌ったのだ。歌い、奏で、踊り、演じ続けた。5年間ずっと。巨壁の向こうから、目を輝かせて期待に充ちた観客がいつか訪れることを信じながら。
5年を経た1907年では、歌い奏で演じ続ける人間の数は激減している。《御使い》は壁に隔てられたはずのこの場所にも出現し、人々を襲う。
それでも彼らは歌い、奏で、演じ続ける。
いつか観客が訪れることを夢見て。
セントラルパーク【地下】
広大な石の園。地下世界の人間たちに畏怖された森。
ダーク・ギャングを率いる西の魔女が座す森であるとされていた。巨壁に守られたマンハッタンには誰も立ち入ったことはないはずだが、その森の異様な姿は噂として地下世界に伝わっている。即ち、かつて緑の木々であったはずものは、冷たく無機質な化石となり、魔女の恐ろしさを囁く声が常に森には満ちているという噂である。
トレヴァー・タワー
紫色をした偽物の空の源、紫色の空の果て、紫影の塔。
幾つもの名で囁かれる、地下世界の最果て。
多くの地下世界の人々にとっては、ただ、不気味に聳えるだけの塔である。
ただひとり、リリィだけが、この場所を目指して旅をする。
そして──