───えー……? あたし? いや、こうとなっちゃ、別にあんたの相手をすんのも吝かでもないんだけどさ───
───あんたが保つのか……って、そういうお話さ。
───だって、ねえ……あたしは一人だけじゃあ、無いんだよ───
───あたしを相手に寝るって事は、あたし『達』を抱くってコトだから───
※ ※ ※
それは、玉の井辺りの……そうですね、現在で言うところの墨田区の東向島から墨田あたりの一帯を指すのですが、この当時、この辺りは私娼窟の密集地帯として知られ、公娼地帯であった吉原より、有り体に言ってしまえば手軽かつ安価で性の快楽を得られる場所柄として、男性達の出入り多かった街並みと思し召し下さい。
戦前の貞操観念といえば今より締めつけ厳しい印象がありますが、こと男性に関して言えば寛容でありまして、春をひさぐ女性、娼婦を買う、というのはありふれた遊びでありました。とは申せ、やはりコトがコトです。どこかしら街並みからして陰湿で、秘やかな翳りを帯びてしまうのは、これはどうしようもありますまい。道の脇に切られた溝などは、世が世なら鉄漿(おはぐろ)で灰黒く染まっていたことでしょう。
通りに商店など軒を連ねていても、その二階などは、人目憚る恋人同士の、或いは娼婦と客との一時の情戯の場として幾許かの金でもって提供せられる店も多うございます。甚だしきは私娼を抱えこんだりと、もう本業が下の店なのか上の部屋なのか判然としない店も多く、そうしたところから曖昧屋、などと称せられ、現代で言うところのラブホテル代わりに使われておりました。
とある、初夏の微温い夜。
そのセルの単(ひとえ)に襞の取れた袴、詰め襟のシャツと、書生風のなりの青年が上がった部屋も、恐らくはそういった曖昧屋の一つと思われたのですが、彼にはその辺りの記憶、店の素性などが今ひとつ不明なのでした。なにしろこの玉の井界隈というのは、とかく似たような家屋が密集している上に、屋と屋の間が単なる廂合(ひあわ)いなのか細ッ苦しい路地なのか、迷路の相を呈しておりまして、中にはわざわざ『ここ抜けられます』とか細路地の入口に看板掲げた私娼窟などもあったくらいで。だから青年にもどのように路地に入り折れ曲がりして通り抜けたのだか怪しい。変に潰れたような声の、遣り手婆の客引きにあったような気も致しますが、青年としてはもうここに至ってはただただ鬱屈した性欲、露骨に言ってしまえば溜まりに溜まりきった精汁を解放したい一心でして、経緯や店の在処などは二の次です。
明日からは帝都東京を離れて遠く東北の山中へと旅立つ予定です。その準備にここ数週間というもの奔走しており、性欲の処理をする暇もなく、かつまた単独行ですから一旦山に入ってしまえば女性と触れ合う機会など有る筈もありません。その前に女体へこの重苦しい滾りを吐き出したいと願うのは、男性の生理的にはどうしようもない仕儀でした。
なので青年としては、とにかく手軽に手早く女を抱きたいだけであり、それが業病に膿み崩れたような相手でない限りは、美醜や年の程度は問わないつもりでした。青年の女性に対する美しき想いというのは全て今は亡き許嫁に注がれており、現在彼の抱いているのはただ性欲それあるのみ。彼の中ではたとい現在どのように女を抱こうがそれは肉への渇望だけに突き動かされた衝動で、許嫁への愛とはなんら矛盾する行為ではないのです。あの客引きにも、この薄暗くどこやら黴臭い二階の部屋にもそれ以外の何ものも求めていません。なのにそれなのに───
青年は、座敷の隅に端座している女へ、掛けている丸眼鏡越しに視線を投げつけました。この青年、髪が縺れ合い絡み合った蓬髪、だけならばまだしも目つきは汚れ荒み濁りきって、口は酷薄に薄い線なのに人に噛みつきそうに大きいという、それは大層な悪相でありまして、この顔で人を睨むと険が凄い、心を削り抉るような兇悪な威を孕みます。これはもう、抱こう、肉を貪ろうと言うより、鬱陶しげに排斥するような眼差しとしか言いようがなく、青年、伊波冬矢がそんな目となっていたのは、座敷で待っていた女があまりにも美しく、正座の背筋が凛と伸びて、娼妓と言うには毛色が違いすぎた、からに留まらず、彼女があまりに若すぎたせいでした。
いや、恐らくは年の頃なれば花の盛りなのかも知れません。ただ彼女の、その美しさ可憐さというのは、言ってみれば日陰の花。青らんで艶帯びた、腰近くまで流れた直ぐなる黒髪も、夜の闇を美しく結晶させたような黒瞳も、青春の美というよりなにかしら、人生の終焉とか世界の崩壊を思わせるほどの壊滅的な暗さを帯びており、こうやって向かい合うのが畳二畳ほども隔てているにも関わらず、何やら彼女を源として、黄昏の墓場に晩秋の雨がしとしと降り注ぐが如き冷気がしんしん伝わってくるようですらあります。伊波青年の尖り立ちささくれだった凝視にも視線を逸らさず対峙しているのですが、それが青年には、女と真っ向から対決すると言うより、底無しの墳墓の孔を覗きこんだような失墜感さえ生じせしめます。
この、衣桁掛けと夜具と花紙入れと、後は箪笥の一つだけという、極めて性交だけに特化して機能的な部屋で待っていて、そして伊波という男の入室にもかかわらず、慌てもせず逃げ出そうともしていない風合いからして、自分の仕事と男の目的くらいは心得ているはず。黒髪と黒瞳を際立たせている、真っ白く柔らかそうな綿の夜着も、男が容易に脱がせられるような簡易な帯結びです、が。伊波の入室から完全に口を聞かず、身じろぎもせず、その典麗ではありますが稚気な風貌と破滅的な昏さ物哀しさが、青年の勢いを著しく削ぎました。
(これを……こんなのを抱け、と……?)
何度も何度も自問しても答えは出ず、もういい、直接身体に訊いてやった方が話はよほど早い、と青年は腰を浮かせました。
「おい、お前───」
そのほんの動作の起こりで娘は。
「白子、と申します」
これもまた、白銀の精緻精美な細工物を声にすればこのような音か、というくらいに綺麗な声音なのでしたが、やはりどこまでも雰囲気が裏寂しい。しかも言っている事がその黒髪黒瞳とは真逆です。
「は? 何を言ってるのだお前。 どこをどう見ても、そんな生まれ損ないではないだろうが」
青年としては、少女の言葉が所謂アルビノを指しているように受け取られてしまったのですが。
「お前、ではないんです。
私は、白子といいます。
それが私の名前です」
「これから、貴方が抱こうという女の子の、それが名前なんです」
「私の事など、どう扱って下さっても構いません」
ぽつり、ぽつり、と、その黒髪を小さく切って散らすような儚い、仄暗い囁きでした。かてて加えて。
「抵抗など、しません。ただ───早くしないと」
「身体が、冷えて硬くなります。
まだ今夜は気温も微温めで、腐りも早くはないとは思いますが」
「それでも、肉が腐るにおい、臭いと思われながら抱かれるのは、たとえ───」
「おいお前、何を抜かしている」
「白子、って呼んで下さい。私を抱こうというのなら。
たとえ私が死んでも、この身体にはそういう名がついていたのだと」
「さようなら───貴方───」
「───智久さん」
そう呟いた名前は勿論伊波にではなく、他の誰かに向けられたものと見えましたが、それを詮議する間もなく、白子と名乗った少女は白水晶の如き整った歯列の間に我が舌を挟み、躊躇いなく噛みちぎります、そのまさに、間、髪。伊波は獣じみた挙動で少女に掴みかかり、唇の中に指をねじこんで、歯が突き立つのにも構わず動作一切をねじ伏せました。
「う、ううぅぅ……っっ!?」
「巫山戯ンなよこの小娘がッ。誰がてめえのようなうらなりの幽霊茸など抱くものかっ。ぴくりとも魔羅にこねえし!」
「どころか俺の前でてめえから死のうだぁ!?
他の男の名前を呼んで!?
良いだろう、その気なら俺が撃ち殺してやる」
と懐から抜き放ちはなしましたのが初夏の夜気にも冷たい拳銃の。伊波は少女の額に銃口を擬し引き金まで引いたのですが、白子がむしろ望んで頭を押し進めてきたのにげんなりと頬を歪め、
「……行けよ。いいよ。一度は見逃すよ。
替わりに他の女呼んでこい、な?
何やらてめえのツラ見てると、インポにでもなっちまいそうだ……」
と、もうそれ以上は白子に何を言うのも許さず、襖戸を繰り開いて背中を押し出すのがぎしぎし軋む暗い廊下の奥へ。その掴んだ肩と背中のまたか細かったこと。あんなのでも死をもってしてでも操を捧げようという男が居るのですから、女というのは年代にかかわらず恐いものです。
そして伊波がじりじり待つ事しばし。どのくらい経ったでしょうか。襖が開く音も立てませんでしたのに、その女は伊波の斜め前に控えて、三つ指をついていたのでした、が。伊波は発作的に女を、絞め殺してやりそうになったと言います。その女の、いや少女の細首が、縊り殺してやるのが相応しいくらいにあまりにも華奢で典雅だったからなのもありましたが。背中まで流れた、黒蜜を溶かしたような黒髪、黒曜石のような黒瞳は、先ほど追いだしたばかりの白子としか思えなかったから。
が。よくよく見ますと、特徴を抜き出せば写し身のように似ているにもかかわらず、少女は白子ではありませなんだ。あの白子は極致的に昏くはありましたがあれなりに表情があったのに、こちらの少女にはそれさえ殆どありません。目もいささか切れが長く、その端正極めた貌立ちと相俟って人形のようです。加えてこちらの少女には、何か営々と引き継がれてきた、古い古い一族の血の精髄のような気韻というのが具わっており、伊波は彼女に広大な城かそれに類する建築物の守人のような意志を幻視しました。
「───ようこそ、いらっしゃいませ、お客様。
こちらには一時のご滞在かも知れませんが、精一杯のおもてなしの程をお尽くしいたします」
また、言い出した言葉というのが、底知れない由緒を秘めた旧い上宿の女将めいています。そしてその、表情の一切見えない、冷たさ極まった貌立ちの美しさといったら。
当然、伊波は。少女の手を取って引き摺り起こしまして、また廊下の外へと追い出しました。
「お前でもねえんだよ、どこの令嬢がどんな間違いでまぎれこみやがった。もっとこう違う、人形姫じゃない、血の通った女が所望だと言うンだっっ!!」
少女は何かもの言いたげな風をようやく見せましたが、伊波の忖度するところではなく。青年は荒々しく腰を、まるで己の心のようにささくれた畳にどっかと下ろして、部屋を滅茶苦茶に破壊したくなる衝動と必死に闘っておりますと。今度は、襖の外にとたとたと、何かそれだけでも不安になるような足音が伝わりまして。襖の外でもそもそ戸惑っている気配、どうやら、信じられないことですが襖というもの開け方がわからないのらしい。仕舞いには、どたん、ばたんと、襖ごと外し倒して中に転がりこんできた始末。伊波はそれを、まだ真新しい、毛足の長いモップでも倒れこんできたように見たのですが。うねる、腰のないふにゃふにゃの毛がうぞうぞとうごめいたかと見ると、のったり起きあがったのには正直目を瞠(みは)りました。 なんとなればそれ乳白の髪であり、それがたどたどしく乱れた前髪を掻き分けますと、その中から現れましたのは、きょろきょろとそればかりが際立って大きい、眦に不健康そうな隈を濃く浮かせた深紅の眸。色の薄い、ふるふると震える小さな唇。白い白い肌。先の少女二人もそれは白い肌ではありましたが、あちらはまだ胡粉を丁寧に刷いたような、色味のある白だったのですが、こちらにはそれすらない。手足などは、先の二人などはまだ肉があったと思わせる、骨と皮ばかりのがりがりの。船員服の上着を羽織っているのですが、まるで長外套を案山子に着せたようにだぶだぶです。年の頃などは、先の二人よりも幼い。
少女は、一番目の娘の名前ではないのですが白子で、アルビノだったのでした。みすぼらしいのは見た目だけでなく、頭の中味までそうであったようで、きろきろと焦点がどこやらぶれている眸さまよわせ、伊波と目が合って、まず青年の悪相を認めたかと思うとひっと息を呑んで硬直して、かと思うとふるふると全身に瘧のような生まれたての獣の仔のような震えが頭から、伝わり方さえ鈍いのか、ゆっくりと下半身まで降りていったかと思うと、布地に音は遮られていましたが。しょろろろ、と。レギンスの、足を閉じ合わせていても腿に隙間あく、痩せこけた股間に見る間に濡れ染みが広がっていきまして、たちまち布地が吸いきれなくなりまして。畳の上に水溜まりが広がっていったことでございます。身体の代謝機能さえも弱いのか、ほとんど臭気はありませんでしたがその緩い、漏らし様に伊波は呆然と顎を落としました。
「なんだよこれぁ……ここは一体どんなゲテモノ屋敷だ。黒黒と続いて白か、なんの葬式幕だ……」
尿が広がっていくのと同じ鈍さで、アルビノの少女の顔がじんわり歪んでいきます。
「たたた、食べる、いや、食べりないで。ごべんあざ、っい、白だけどクロは、クォ、で、ううう、おしっこ、おじさ、許すないです、か。ふぇぇ……」
「黒かないだろ、お前どう見ても白子だろ……」
「クロは、クロで、白いんでもクロいです、もの、あ、う……箱に詰めラリる、も、足の先っぽ、爪におきゅうじゅうううも、いや、やああああ〜……」
どうやらその、黒い犬にでも適当につけられたような二音節が名前らしい少女の、言葉までも意味が通るような通らないような舌足らずも良いところ。赤い眸からもろもろもろと透明な涙の、こちらも栓が緩くあっさり決壊しまして、尿も更に絞り出され、上から下から忙しいと言ったらありません。その言葉の端々から、この少女が日頃受けている扱いの程が知れようというものでして、伊波は腹を立てるとか逆上するとかを通り越した、なんだか末期的な気分に陥りました。ぺたりと座りこんでぴいぴい泣き続けるアルビノの少女はこの際捨て置く事にして、袴の裾からげて、その頭上を跨ぎ越しました。実際のところ、性情相当に、いや度を越して暴戻なこの伊波としては非常に穏当な処しようであったのですが、クロと名乗った少女は視界を伊波の袴で覆われて、暗黒に覆われたその一瞬に。
「ひう! くくくく暗い、狭い、こわい、やあ! いやあ、あ〜〜〜〜…………ッヒン!」
その闇閉感だけで脳髄の芯まで揺すぶられたような恐怖を受けたと見えまして、びくんと大きく痙攣して、こてんと横様に倒れました。赤い眼が充血した白目となり、てろんと舌を吐いた様は物哀しいまでに見苦しい。ぷくぷくぷきと唇の端から小さな泡を吐き出し続けているところからして、どうにかショック死は免れての単なる失禁失神ではある様子の、ただ伊波にはこんな姿形も頭の中味もキワモノの少女が生きようと死のうと知った事ではなく、彼の体内にはただただ凶猛な激甚が渦巻いていたのでした。こうまで続けざまに他人を虚仮にしてくれたからにはただではおかぬ、場合によっては簀巻きで源森橋から墨田の川に叩き落とす程度で済ましてくれるが、事によっては生きているのが生きていたくないくらいの目に遭わせてくれると、踏みつけたら底が抜けそうな粗末な廊下を走る走る階段を駆け下りる。人の気配がする襖の奥へ、蹴り倒して乗りこみますと、そこには伊波を引いてきた客引きの遣り手婆の、こぢんまりと、しかし小面憎く酒などを舐めておりまして。ただその面貌はしかとは見えません。暗い室内だというのに安っぽいショールを頭から頬に掛けてくるりと巻きつけ、袖無しのマントをすっぽり纏った様などは小さな釣り鐘を伏せたようです。
ようです、が───
伊波は、突入が巻き起こした気動の中に、この裏ぶれた室内にはそぐわない、あるまじき香りを嗅ぎとりました。それは。長い事浴び続けて染みついて取れなくなった、煤煙とそして潮の匂いと、それから。
女の───匂い。
ややバタ臭くはありましたが、伊波が求めていた、雌の肉体の匂い。その匂いが青年の激怒を別のベクトルに転化させ、相手が何か言うより先に、ショールを剥ぎ取りマントを取り去り、と、見るや。室内にまるで荒海が出現したような潮風の気配が満ちて、金色の豊かな。髪が。頭の後ろで二筋に編まれてくるくると巻かれていましたけれど、その豊かさ美しさを隠しきれず。
「ええー……。三人も送ったげたのに、みんな叩っ返してきただけでなく、こっちにまで乗りこんでくるたぁねえ」
老婆と見せかけていたのはいかなる巧妙な擬態だったのか、うーん、と息みなが、ら曲げていた腰を逸らし、ちぢこめていた手足を伸ばしますと、そこには、赤のリーファージャケットにチェックのミニスカート姿という、活動的で勇ましい身なりの、身の丈六尺に及ぼうかという金髪の、目覚ましいばかりの美女の姿が現出したではありませんか。乳房はジャケットのボタンを弾き飛ばさんばかりに充実し、臀はミニスカートの布地を押し上げて、下着が見えないのが不思議なくらいに豊かにかつ引き締まって張り詰めています。
薄緑の眸が冴えて、この女の意地と強かさを示して闇の中に炯々と。年の頃は伊波と同じくらいの、これこそは。こういう生き物こそが。今夜伊波が所望していた肉に他なりません。女ががりがりと頭を掻きながらぼやきます。
「ったく、何が不満なんよ。三人とも、汲みたての真水みたいに綺麗な身体だよ。病気も何も心配のない、安心して遊べる上モンじゃないさ……ま、確かに三人目はちと通好みだけど」
「ううううう五月蝿え、いいか、俺は女を抱きに来たんだよ。あんな鶏ガラみてえな餓鬼にちんぽこが勃つかッ!!」
「大体どうにも最初から妙だとは思っていたのだぜ。遣り手婆にしちゃあ声に女が残っていやがった」
「まあどうでもいい、この不始末、てめえの身体で払ってもらう、い、い、いいか、俺は……っ、もう限界だぜ、逃げよう焦らそうってのならっ」
伊波が拳銃を抜き放って金髪美女の乳房にめりこませるのと、彼女が同じく抜く手も見せず、青年と同様のリボルヴァーを彼の股間に宛がったのが同時。
二人共に凄惨な笑みを笑みを、いえ、伊波の笑みが狂気に形作られた歪んだ顔であったのに、美女の微笑みは波濤にどこまでも挑んでいくような、挑戦の気運を結実化させたものであり。二つの、引き金が鳴ります。二人共に急所をがっちり狙いあっています。それぞれの生と性に死の爪掛けあった硬直は、これが一瞬の事。伊波は、迷わず躊躇わずぐん、と腰を突き出しました。金髪美女の銃口がぱちんと弾かれ逸れたのは、袴の布地にもくっきり浮き上がった、青年の鉄のようにいきりたった肉の槍の圧力によってでした。
「すっげぇ……ちんぽに筒先向けられて、縮み上がるどころかますますぶっとく、なんて……あ、はぁぁ!」
美女の声が驚嘆からたちまち艶めかしく跳ね上がったのは、伊波の片手が金髪美女の臀にと素早く回され、その肉の果実をがっしり容赦なく鷲掴みにして割れ目に差しこまれ、下着越しに秘裂にまで到達していたから。女の眸の強い光が、艶めかしい脂を浮かせて滑ります……。女の手が伊波の腕にしなやかに被さり微妙にうごめいて、掴んだのは伊波の握る拳銃に。刹那、閃いて女の手、青年の拳銃を奪い去り、
「いい、強い掴みだったよ色男(ロメオ)ぉ……。ど腐れたビルジみたいな目、しやがって。でぇもそれじゃああたし達はくれてやれないさ。
詰めが甘かった───じゃあね」
と、躊躇いなく引いた銃爪に落ちた引き金が、弾倉を、虚しく叩いたのでした。
「けっけっけ、こりゃあどっちの運が悪かったんだ、この阿婆擦れが。そういやこないだ一発ぶっぱなした後に弾ぁ詰め忘れていたっけな」
伊波は、今度こそ金髪美女の乳房に肩から猛烈な体当たりをくれて叩き伏せるや、馬乗りとなってジャケットのボタンを、狂おしい力で引きちぎったのでした。
「ちぇー。あんた、どうやらくたばる場所はここじゃあないのらしい」
「……いいよ、ベットはあんたの総取りだ。けどね……」
「この期に及んで四の五の抜かすんじゃねえ、みぐるしい!」
「ううん、そうじゃなくって」
続く声は、伊波の背後から、頭をしっとりとかき抱いた腕の中に。
「───あんたが保つのか……って、そういうお話さ。 ───だって、ねえ……あたしは一人だけじゃあ、無いんだよ───」
背後を振り返るまでもなく、頬摺りしながら伊波を覗きこんできたのが、今し押し倒した美女とまったく同じ顔。寸分違えず。声が耳元から絡みつきます。
「あたしはシサム───」
声が、伊波の膝の下から這い上がります。
「あたしはキサラ───」
声が、綺麗に重なります。
「「───あたしを相手に寝るって事は、あたし『達』を抱くってコトだから───」」
そして伊波は、この悪相の青年にしては、少しばかり朗らかに愉快そうに笑ったのでした。
「双子と来たか。青い目の毛唐で、そんなのが遣り手婆の振りたぁどういう事情か知らねえが。いいぜ、二人が相手なら、こっちも遠慮は無しで済む」
頬に寄せられた方の唇を、噛みつくように奪い、遅滞なく袴を脱ぎ去って、剛直を組み敷いた方の唇にねじこみながら、伊波の体からは早くもゆらゆらとした熱い獣気が立ちのぼっていたのでした。
※ ※ ※
擦り切れかかった畳に、逃れようと立てられた爪が、腕ごと引き戻されて、ぐいとまた前にのめると共に解けた金の髪、溶かした黄金のようにうねります。臀を高々と掲げさせるように奪われて、貫かれて、金髪美女は、口惜しげな眸、背後に向けようとして。
「あ、たしは……っ、後ろっから突っこまれるのは、好みじゃあない───あ?」
「あ、あ、あ……っ、あんた、今、何勝手に出して───」
伊波は、金髪美女の野性的に張り詰めた臀を掴んで強く強く引き寄せて、突きこみと共に、何一つ告げることなく、躊躇もなく、彼女の熱く滑った膣内に、それよりもなお熱い精汁を、これでもかとたっぷり絞り出しました。
「あ、熱っ、ちょ、あんたこれ何流しこんで、うく、熱い、熱いよぅ……これホントにザーメンなの……?」
伊波の煮えた狂熱は、その精汁までも熱く滾らせて、まるで金髪美女の腹の中に直接熱湯を注ぎこんだかの軽い恐怖さえもたらしました。震え、わななく双臀は逃れようとくねるのですが、その動きは結果として伊波の剛直に膣内の襞をさまざまな角度にまとわりつかせ、入口は根元をきつく締めつけて、青年の吐精を更に促してしまうのです。それに青年の指は悪鬼の鉤爪のように女の臀に食いこんで、北海の出らしい白く滑らかな肌に数条の傷を刻みこんで離しません。
「くぅ、あ、こ……ら……っ、先で、そんなに抉る、なぁぁ……っ」
剛直の尖端は、彼女の子を宿す器官の入口に、槌で抉りこむようにねじ込まれ、この金髪の美女……それはシサムだったのですが、伊波にとっては二人がどちらかなど意味を為さない事です……がセックスに慣れておらなんだら、粘膜に傷を付けてしまうほどにめりこんで。そしてなまじシサムが情事に練れていた事、子宮口が彼女の性感帯であった事が相俟って、熱さの戦慄を快美に変えてしまい、眸を上擦らせてしまうのです。びゅぅううく、と一撃ちが異様に長い上に、勢いが弾丸のように強い射精が、何度も何度もシサムの子宮口を叩きます、虐めます、痛めつけます……悦ばせます。
「う……お……ふぅっ、ど、どんだけ出(ら)すつもり、あんた……っ」
責める舌もぶれて、呂律を妖しくさせ、それでもまだ、びゅくり、びゅくり、と。ようやくその勢いが減じてきた頃合いに、どぶぅ! と凄まじさが突如復活しました。和らいできた射精の責めにようやく一息吐きかけていたシサムの背筋にさっと鳥肌が立ちました。
「うう、ふぅ───あ!」
伊波の吐息を押し出して、
「な……なんれぇ……! なんでまた……」
「あ、あ、あんた、キサラ、余計な……っ」
シサムを動揺させたのは、一本の指。伊波の腰をきゅと抱きとめて、青年の臀の谷間に手を滑りこませ、後孔に挿入された、キサラの指、一番長い中指。キサラの目には勝ち誇った色が浮いていましたが、はぁ、はぁと息が胡乱げに蕩けて、その秘裂からは夥しい白濁が逆流しています。既に彼女は伊波から、まず味調べと正常位で一度精を流しこまれ、その後に彼の男根の形なりに道を付けられた膣内を対面立位で散々に捏ね回されて立て続けに二度精を受けた後。壁にずるずると崩れ、しばし放心の態となったところをそんな緩んだ身体などもう使い物にならぬと、伊波は肉の矛先をシサムにねじ込んでいたのですが、片割れが貪られている間、復活を遂げたものと見えました。
「う、お……あ、てめえ、男の尻など……をッ」
「でぇも……いいんだよね、男って、案外、こういう、のも……っ」
キサラは中指を、青年のねじ切らんばかりの後孔の圧力の中で器用にしなやかに遣い、睾丸の裏あたりのある一点、やや堅くしこる一点を見つけだし、そこを執拗にくじります。その途端に剛直はひくついて、半ば青年の意志とは離れて勝手な脈動を繰り返します。
「出しちゃえ出しちゃえ……あたしに二度出したよね、あんた。だったらシサムにも───」
とキサラは反撃にほくそ笑んでいたのですが。
「ちょ、キサ……それ、駄目、や、やぁ!
こいつ、また、強く───んぁぁ!」
大概の男であれば、これほど放った後での、しかも立て続けの射精ともなればほとんど空撃ちとなるはずなのに、伊波の精は尽きるどころかより勢いを増して、シサムの膣内を灼き尽くしていくのです。キサラは指先に応える脈動に、流石に違和感を憶え見上げた伊波の顔は、もうなんというのか人間の相をかなぐり捨てており、片割れの尻を掴んでいた指が、はなして肌の上を滑って、這った先がシサムの後孔に。まだ貫かれている最中の膣口のすぐ上のすぼまりに、触れたかと思うと抉っていたのでした。一番太い親指で。
「ぎひぃ! き、きさら、やめ、よし、こいつ───」
「ぎぅ!」
シサムの制止を封じこめたのは、後孔を抉られ抉りながら、上半身を折って彼女の背中に追い被さり、汗に産毛も濡れそぼった首筋に突き立てられた歯、というより牙というのが相応しく尖った伊波の犬歯。
「ごぅああああ!」
ぎりぎりと噛み締めた肌の隙間から、獣の吐息が押し出され、つつぅ、と細く血の筋まで伝った、シサムにはどれだけの激痛だったでしょう。
しかし───ある種の獣の交尾が、こうした咬みつきで閉められるように。激痛はもうシサムの中で快感の混沌と化して。子宮口が、雄の尖端に愛おしげに物欲しげに吸いつきます。口づけして吸い出します。肉襞と粒の蠢動は、肉茎全体を愛撫してより一層の精を求めます。長い長いオーガズム。膣内の蠕動と収縮はついには弛緩を迎えて、シサムは畳の上に頽れて、その眸の光が弱まっていました、が。
伊波はずるり剛直を引き抜いて、まだ後孔に突き立てられていた指を立ち上がりながら引き抜いて、吐いた息は、満足というよりより深い飢えを示して、白い蒸気と化して畳の上に渦巻くよう。くるり、と振り向いた獣鬼に、キサラは唖然としていましたが、どこか陶然とした顔さえ浮かべていた、といいます。
「あんた……どこまでも強い───いい、いいね。
とことん付き合うよ、ほら、抱きな、あたしをまた!」
とキサラは、この時はまだ或いは気丈でいられましたし、掴みかかってくる伊波に抱き返すくらいの気力体力の回復を見てはいて、膣口を突き出して、挑むくらいの心地で居たのですが。伊波の一向に萎えぬ筒先は、女の孔ではなく、自分が今しがたしていたように、後ろの孔に向けられて。
「ちょ……待って、そっちは違う……うぐっ、待っ」
「そっちは、朔屋にだって滅多にさせて───いああ! 無理矢理は、裂け……うふぅぅぅ!?」
穿ち、潜りこみ、押しこまれた分の体積、大きく切なく熱い苦鳴となって吐き出されて、キサラの首筋が弧月のように反り返り。伊波にはこの時、もう抱いているのがどういう人種でどういう味わいの肉質なのか、そこがどういう孔なのかは既に狂気の熱にぐずぐずに溶け崩れて、挿入するための一つの肉の管でしかなく。
巻きつく直腸を無情に抉り抜き、尖端の返しで自分には快楽を、キサラには苦痛と圧迫感を刷り込みながら、次なる射精に向けてりきりきとただひたすらに硬く熱く太くして、律動をがつがつがつ、と。その耳朶を、錐のような痛みが突如刺しました。
「やり過ぎだ、あんた……そろそろここらで、おイタはそれくらいに───ひぐぅ!」
シサムが、片割れの尻が犯されるのにどうにか気力を奮い起こして、伊波の耳に噛みついてやっていたのですけれど。青年の指先が反射的に、かつ的確に走って、彼女の膣と後孔を同時に貫いて、間の肉壁を擦り、掴んでいたのでした……。
このように、一方が力尽きた辺りでまた一方が蘇り、それが貪られ倒されると、また一方が、という塩梅で延々とこの堕地獄色情粘液粘膜混沌肉欲快美官能痛苦被虐嗜虐絵巻物は延々と繰り返され、埃臭い暗闇が何時しか黎明の灯りに照らし出されても終わらず───