やあ、諸君。
私の名前をこれから覚える者はいるだろうか。
私の名前はランドルフ。
今や私は狂気の中に落ちており、まともな知性を伴ってまともな思考をするのは月に一度程度という体たらくではあるものの別段それを悔いることも恥じることもない。
私は狂人ランドルフ。
誰も私が何を求めて何をしているかを知らない。
我が目的は輝ける“銀の機関”を得ることなれども、それは苦難の道のりであって並大抵の穴掘りでは叶うことではないのもとうにわかっていることだ。
この異形都市で見つけられなかったとしても、まあ。
それはそれで悔いはない。
お初の方々であれば我が名は覚えているが宜しい。我が知性は決して裏切らぬし後悔させることもないだろう。セラエノからヒヤデスまですべての知識を得るまで私は倒れることがなく、狂気の中で生きる術は私そのものであるからだ。
もしも貴方が西享人であるならば特にだ。
もしも貴方が異形都市に興味があるなら特にだ。
そう、異形都市。
かつてそう呼ばれた都市がある。
それをインガノックと人々は呼ぶだろう。
既に文明の灯りによって追いやられた《ふるきもの》たちが在った、41の声と幾つもの想いに満ちていた、閉ざされていた都市。
今は違う。
今は違う。
──そう。
──そうだとも。諸君。
既にインガノックは解放された。
インガノック歴10年、連合歴であれば恐らく534年か535年に、41の声は解き放たれたのであるから、既にここは異形都市と呼ぶには相応しくない。
内であれば10年前だが外から見ればおよそ2年ほど前に発生したことになる《復活》によって外界と隔絶していた完全環境型都市インガノック。今や、そこには無数の異形こそ残れども、変異のクリッターは既にない。
誰もが都市を出ることができるし、周囲を取り巻く無限の霧は消え去って、誰もが都市へと入ることができる。変異した人々の住まう“かつての異形都市”へと足を踏み入れる勇気があればの話ではあるが、どうやら外界の人々にとってはインガノックの閉ざされた10年で生み出された生き抜くすべ、すなわち機関技術であるとか数秘機関であるとかは非常に魅力的に映るものであるらしい。特に、権力なるつるぎを持つ人々にとっては。
さて、そんなことは、どうでもいいことだ。
都市を脱出しようとする人々もある。
都市へ踏み入ろうとする人々もある。
そして私は穴を掘る。
地中奥深く、湖上都市であるインガノックの巨大な層プレートと支柱の内側が私にとっての“穴掘りの地中”であるからには、その上で行われていることのすべてはどうでもいいことに過ぎないのであるから、たとえば地図上ではインガノックを領土の一部とする王侯連合であるとか遥か彼方の北央帝国であるとかが人を遣わそうとも知ったことではない。たとえば西享から訪れた客人であろうとも、同じこと。
目に見えるもののすべては真実でしかない。目に見えることのない現実のすべてなどは、ただの障害でしかない。このランドルフである私にとっては。
さて、さて。
黄金螺旋階段のことを諸君は知っているだろうか。
貴方はそれを昇ろうとした人々のことを、まだ、覚えているだろうか。その傍らにいた人々のことを、まだ、覚えているだろうか。
私は覚えている。
貴方もきっと覚えているだろう。
ならば今日は、彼女の話をしよう。
変わる前のインガノックにも、変わった後のインガノックにも、解放された後のインガノックにも、ずっと居続けている彼女の話だ。けれども《復活》が在った頃のことすべてを失った、文字通りに失ってしまった彼女の話をだ。
かつては猫であるとか黒猫であるとか呼ばれた彼女だ。
異形都市の歪んだ10年の中にあって、荒事屋として強かに逞しく生き抜いていた彼女、黄金螺旋階段の果てへと至ったあの男の傍らにあって、寄り添い、暮らした──しかしその記憶と事実のすべてを失った“人”である彼女の話だ。
彼女は、日々を過ごしている。
インガノック歴11年、季節不明の異形都市でもそうだ。
自分が何者かを知っている、けれども、本当は違う。
父の顔も母の顔も思い出せる。本当の名前も、幼い頃の思い出も、初等教育施設で出逢ったかつての友人たちの顔も、祖父や祖母の顔でさえ思い出すことができる。
けれども違う。本当は違う。大切な何かを失った、それでも、私のように狂気に落ちることなく時の流れと見知らぬ異形都市と化したインガノックの残滓に呆然と立ち尽くす、そんな日々を送る彼女の話だ。
人は現実に生きるのだ。
記憶なるものがいかにあやふやで不確かで、私の狂気に劣らず歪んでいたのだとしても、目の前にあるものが日々であって現実であるのだから。
──さて。
──ここからは、現実を生きる彼女に話してもらおう。
──耳を澄ませたまえ。
──聞こえるだろう、黄金螺旋階段の果てに──
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