「ぴ。ぴ」

「ああもうおまえはー。お前が見つからなかったらバレなかったのに…」

















 

 うーん、それはどうかな?
 元・アデプトの感覚能力を随分と軽く見てるんだね、生意気ズィレ君。

 可愛い鳥の仔ルクと、可愛いけど生意気なズィレ。
 ちょっと久しぶり。このふたりを見るのはいつ以来だろう。

 アスルとお姫さまがヴァルーシアを発ってから、カシムは兎も角あたしはスハイルのあの機関清掃屋さんにはあんまり顔を出していない。そのせいかな。会っていないのは。以前は、あそこでアスルと話してたらちらほらとこのふたりも顔を出してたんだけど。
 でも、もう、アスルはいない。それでも、行ったら行ったで、あそこのおかみさんとは話が合うし、随分良くしてくれるし、うん、そうなんだけど……。
  ちょっとだけ気後れするのさ。

 もう、発掘機関(イニシエイト・エンジン)をあたしが掘ってくることはない。
 お店の仕入れの役には立てない。
 もうすぐ、無名大陸って言ったっけ、ヴァルーシアと同じ青色の空の下にあるっていうどこかの都市に店ごと引っ越すって話を聞いても、気を付けてねとか、元気でねとか、そういうことしかあたしには言いようがなくって。
 ちょっと気後れをして。あまり顔を出せなくて。

 だから驚いた。
 このふたり、ルクとズィレ。
 清掃屋さんの軒先ならともかく、こんなところで会うなんて。

 年若いっていうか、まだ幼い後輩の子供たちと一緒に壁市まで。っていうかあたしとカシムの家に。何のためにわざわざ怖い思いまでして壁市にまで来たのかな。ズィレの首根っこをひょいと掴んで引っ張り上げて、もう片方の手で扉の鍵をかちゃりと開けながら尋ねるあたしに、子供たちは「アスルから手紙が来てるって聞いて」と口々に。
 ふーんとあたしは頷いて、ズィレを家の中へ放り込んで。
 子供たちも家に上げて、せっかく来たんだからお茶でも呑んでいきなよと、お茶請けのお菓子は人数分あるかなって思いつつ──

「手紙。手紙ね、来てるは来てるけど」

「やっぱり!」「やっぱりそうなんだ」「ぴ」「仲よかったもんねアスルとここん家」

「あんたたちにも来たんじゃないの?」

 手紙。手紙。
 思い出す。異邦の便箋に書かれた、アスルからの手紙。お姫さまも言葉を添えてくれていたっけ。ふたりを乗せてくれたっていう船の主人の女性もそう。
 確か、アスルの書いてあったところによれば……。
 ズィレたちにも手紙を送ってある旨が書かれた、ような?

 それを口にしてみる。
 あんたたちにも送ったって書いてあったけど?

「ぴ。そうだけど。ぴ」

「俺たちに書いたのと違うことがあんたらの手紙には書いてあるかもしれないし。
 でまあ、なんだ。仕方ないから確認しに来てやったんだ」

「ふふ。おかしいの、何がどう仕方ないのさ」

 思わず笑ってしまう。
 仕方ないから、か。あたしも似たようなこと言うかも知れないなぁ。
 心配なんだね。わかるよ。そういう気持ち、痛いほどにあたしにも分かっちゃう。

 寂しいもんね。
 無事だって分かってほんとに嬉しいけど、少しでも多くのこと知りたいって、そういう気持ち、分かる。行動に出る勇気が羨ましい。
 ようし。勇気に免じて、ちょっと何か作ってあげようかな。
 そろそろお腹の空いてくる時間だよね、子供たち。

 夕食前にお腹に何か入れたら家の人に怒られるかも知れないけど、ま、そんなのはあんまり気にしない。アデプトの壁市に子供たちで行ったってだけでどうせ怒られるんだし、ズィレのことだからうまいこと口裏合わせたりはしてるはず。抜け目ない奴だし。

 頷いて、あたしは厨房に入ろうとする。
 その時になって、漸く気付く。
 子供たちの頬と唇の色──

「あれ、どうしたの。きみたちみんな顔色悪い」

「さささささ」

「ささ? 面白くない冗談さね、ズィレ?」

「ささささささむいんだよぉ。暖炉に火ぃ入れてくれよぉぉ」

「ぴ。さささむい」「さむいよー」「さむいぃー」「さむさむ」「ぶるるる」

「……あ、そっか」

 寒い。寒い、か。
 そうだよね。砂漠の夜はとっても冷え込むものなんだし。

 こういう感覚の“ずれ”は未だに直らない。図書館連盟の同僚としてアデプトならぬ身の娘たちと接して暫くになるのに、未だに。そう、砂漠の中央に位置するヴァルーシアの夜はひどく冷え込んで、普通の人々には耐えられるものではなくて。気付けば陽もすっかり落ちている。慌てて、あたしは、暖炉の用意をする。

 大丈夫。使うことのないものではあるけれど、掃除は欠かしてないからね。
 アデプトになってからも。なる前も。今も。

 暖炉に火を入れながら。
 炎に音を立てる薪を見つめながら。

 ふと、あたしは思う。

 そういえば──
 この暖炉を使うのって何年ぶりなんだろう?

「……懐かしいな」

「なにがだ? あー、あったけー……暖炉あったけー……」

「ぴ。あったかい。ぴ」「あったかーい」「うん!」「あったかい!」

「なんでもないよ。風邪とか引かないでよね。毛布出すから、待ってて」

 あたしは小さく微笑んで。
 奥の客間から厚手の毛布を引っ張り出しながら、この子たちにどんなおやつを作ってあげようか、それと今晩の夕食は何にしようか、カシムは疲れているだろうから精のつくものを、ああもうこの際だからこの子たちにもご馳走してあげようかなと、ああ、味見はしないようにしないとねとか、黙々と考えながら。あたしは。

 あたしは思い出す。過去。記憶。
 いつかのこと。
 この子たちみたいにして、みんなで丸まって、暖炉の火にあたった夜のこと。

 遠い日の記憶。
 まだ、自分たちが、アデプトならぬ身であった頃のこと。
 まだ、自分たちが、無垢なひとの子供であった頃のこと。

 あれは──




[Valusia of shine white -what a beautiful hopes-] Liar-soft 26th by Hikaru Sakurai / Ryuko Oishi.
TOPPAGE / EXIT(LIAR HP TOP)