比類なき蒸気都市と謳われる大英帝国首都、ロンドン

 そこは、我々の知るロンドンとはいささか違う。
 機関革命によって、世界は一変していたのだ。異常なまでに発達した蒸気式の機関(エンジン)は、
今やエネルギー発生装置としての役割だけでなく、
超高度な演算を果たす情報機械や飛空挺、巨大飛行船までをも生み出すに至った。

 そして20世紀初頭。現在の人類は繁栄をきわめている。

 けれども人々は失っていた。無数の蒸気機関群の生み出す灰色雲によって、
かつて空に広がっていた青色は消え去り、人々は青の意味するものを忘れてしまった。

 けれども。けれども。

 例え空を失っても、都市に充ちる機関(エンジン)が生み出す排煙によって
形成された灰色雲が空を覆っても、機関工場の廃液がテムズのせせらぎを澱んだ黒色に変えてしまっても、
それでも、霧と蒸気の満ちるロンドンは美しい──
 訪れた旅人は、皆そう言う。

 テムズのほとりのコンドミニアムに暮らす女学生、メアリ・クラリッサ・クリスティ
彼女もそう、ロンドンのすべてを愛していたし、第2次産業革命こと機関革命によって
もたらされるであろう人類の発展を、他の皆と同じように信じて疑っていなかった。
 あの日、あの時までは。

 そう、運命の1905年の10月のあの日

 あの夜、機関街灯の明かりも及ばない暗がりの中でメアリは男と出会った。
黒色に身を包んだ男
。彼が差し伸べた黒い手は、メアリを非日常へと誘った。
すなわち、夜闇に潜む《怪異》と言う名の“誰も信じていなかった”はずの幻想の化け物たちが牙を剥き、
無辜の人々を次々と襲う、愛されざるべきロンドンの暗黒の一面へと。

 
──夢見るような暗黒と、ささやかな輝きとが混在する日々へと。



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