──空は抜けるように青かった。
 ──その中にあって燦々と光を降り注ぐ太陽へ、モニカは手を伸ばしかけて。

 

 現実を正しく認識できるまで、少年は、高い鐘楼の頂上部で立ち竦み続けていた。
  都市壊滅は免れたのだ。フェルミ計測数値は急速に平常値へと戻っており、計測機関もいつも通りの嫌味な応答装置に戻っていた。セラニアンは存在していて、自分は消え去ることなく生きている。
  まだ、生きている。

 けれど少年は思う。
  本当に危機を脱したのだろうか、と。

(……本当に。本当に、無事だと言えるのか?)

 世界最高峰を自負する社の諜報ネットワークでさえ、今回の危機的状況を察知することはできなかった。突然、都市に危機が訪れたのだ。そして消えた。これは、もう安全だと言い切ることの可能な状況なのだろうか。
  自分の知らないところで、自分は死にかけていた。
  そして。
  自分の知らないところで、自分は助かっただけだ。

「気に入らないぞ」

 ひどく脆く、ひどく儚く。
  ひどく危ういところで“バランスが取られている”のをモニカ感じていた。情報を集めた上での推測ではなく、理屈でもない、ただの直感だ。計測数値が跳ね上がったあの瞬間に湧き上がっていた、身動きの取れない恐怖の塊と同じ。ひどく感覚的なもの。
  少年は思う。
  自分たちの生死はひどく脆い均衡で成り立っているのではないだろうか。

 呆然としながらも盗聴用機関機械を稼働させて《イルミナティ》のものと思しき通信を傍受したモニカは、通信内容を聞き取って、鐘楼頂上部の物陰からセラニアン東湖岸部を見つめていた。演習中に原因不明の攪座状態へと陥った、と帝国空軍へ報告されるであろう“皇帝家”所有の機関兵器、西享諸国に対しては未だ極秘の、架空の存在にも等しい機動要塞2基が煙を吹いて確かに攪座している。
  まさに動く要塞、飛翔する城塞と呼べる鋼鉄の塊。

 ──それを見つめながら、少年は思う。
  ──あれも同じだ。フェルミの異常観測数値と何ら変わることはない。

 あれも、自分のあずかり知らぬところで左右に傾く“バランス”だ。
  これらがひとたびこちらへと向けられれば、その次の瞬間には、もう。
  次の瞬間には、きっと。
  モニカ個人の感情など一切関係なく──

「……“そんなことよりも”、か……」

 北央首都でマクバーランド上級探偵へ向けた言葉を思い出す。
  ひどく脆く、儚く、危うい“バランス”を感じたまま。
  深く深く息を吐くと、モニカは超長距離用電信通信機のスイッチを入れた。攪乱波長を設定しながら、慎重に、手慣れた様子で回線を繋ぐ。
  暫し待つ。2秒とは言えないが、10分を待たずに返答があった。

『ハイ? あら、この回線、モニカじゃないのさ。セラニアンはどう? 東大陸のほうはガセみたいね。中心鉱石の国外流出までは掴めたけど、そこから先がもうさっぱり!』

「うん」

 高く柔らかな少女の声、調査探偵ハンス・セルマ・D・ヘンドリクス──
  大切な“相棒”の明るい声が聞こえてくる。
  ハンスは返答を待つことなく、自分の状況と現在の調査進捗を告げてくる。彼女の声ひとつ、言葉ひとつを聞く度に、胸の奥で僅かに残った恐怖が溶けていくのがわかる。それでも、消えない。生と死の間で揺れる“バランス”の天秤。
  消えることはないのだろう。
  もう、自分は認識してしまった、実感してしまったのだから。

 空を見上げる。
  眩く輝く美しい空。これもそうだ。機関は容易に、澄んだ青を灰色へと染める。

 ──少年は、青空の中央で今も輝く白光の太陽へと右手を伸ばして。
  ──震えたままの唇を噛み締めた。

 

 

 

                          (ナイハーゴの灰葬・了)

 

 






















[Sharnoth of pitch black -what a beautiful tomorrow-] Liar-soft 24th by Hikaru Sakurai / Akira.
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