「姫殿下がその時どういう想いでいらっしゃったのかは、私(わたくし)には想像してさしあげることしかできないけれど、思うの。殿下は寂しかったのよ。それがわかっていながら、私はこの手を差し伸べることができなかった。今でも夢に見るわ。無数の機関動力管に繋がれながら、生きた大計算機(オルディナトゥール)として、生まれ出る大機関(メガエンジン)に命を吹き込み続けなければならない殿下の苦悶、苦悩はいかばかりのものかと。お救い差し上げられなかったことは、私の最大の罪。そう、罪なのよ。あなたはわかって、ロード・クシナイアン」

「イエス・マイ・レイディ」

 

 北央帝国首都中央に厳然と聳える巨大建築物(メガ・コンストラクト)、皇帝城。
  その最上部最奥の一角たる第1宰相執務室、広大な、無数の書籍と機関カードと第1から第17までの大機関を用いた大計算機へと繋がる小型コンソールの群れで埋め尽くされた“帝国の頭脳部”とさえ呼べる空間で、鋼の玉座に在るひとりの女性は、碩学機関式の煙管に唇をつけ、薄紫色の煙を細く吹いてみせる。
  執務用のメイン・コンソール越しに立つ、鎧姿の騎士ひとり。

 彼の名はロード・クシナイアン。
  鋼の玉座の女性、真紅のドレスに身を包むレイディ・エイダ・ラブレイスの召喚によって東部辺境より馳せ参じた、カダス北央最後の鋼鉄騎士。銃器の発達、さらには機動要塞理論の完成によって完全な過去の遺物となった“騎士”のひとりである。

 記録上、最も近年に北央帝国軍に騎士隊が登録されたのは200年前のこと。
  しかし、ロード・クシナイアンはここに在る。

 カダス最高の碩学の称号《十碩学》のひとつ《機関の女王》を有するレイディ・エイダ自らが開発した最新式モニターに映り込む、ひとつの赫色の数値。それが急速に増大していたこの数時間、ロードはずっとレイディの言葉に聞き入っていた。
  レイディ・エイダ。泰然として玉座に在りながら“帝国の半分”たる国内を支配し、帝国史に残るであろう公正にて厳正なまつりごとを治め、対抗勢力たる“皇帝家”との政争の傍らで数多の機関機械を開発し、自らの美貌を磨くことも忘れない女。カダス北央のエイダ・ラブレイスこそまさしくレイディの名に相応しいと西享諸国の王や皇太子たちにも讃えられ、或る詩人はその横顔に古グリースの美の神の名さえ捧げたという。
  西享有数の大国たる大英帝国の今は亡きヴィクトリア女王とも親交深く、個人的な西享の“友人”も数多いという。
  およそ完璧な人間であると称される彼女であるが、しかし。

 ──この数時間というもの。
  ──彼女が口にするのは、後悔、もしくは、悔恨だった。

 レイディが唯一、瞳に憂いを帯びて語るのは亡き父君たるC=G・バイロン卿についてではない。北央大陸西部の小王国へ輿入れした先々代皇帝の姫君の子孫として生まれ、現皇帝クセルクセス9世陛下の養女となった、第3位帝位継承権を有する年若き姫、クセルクセス・セルラ・ブリート殿下について語る時のみ彼女は悔やみ、憂いを浮かべる。

 なぜ、レイディが悔恨していたのか。
  ロード・クシナイアンは大いに理解していた。

「マイ・レイディ。フェルミ観測機関の反応は既に消失したと思しい。どうか、ご自分を責められるのはお止めくだされ。姫殿下の不遇はレイディの手すら及ばぬ事柄」

「……私が、自分を、責める?」

「イエス・マイ・レイディ」

 広大なるカダス北央帝国にあって、この、ロード・クシナイアンだけが。
  最後の騎士だけが、レイディを諫めることを許される。
  彼女の最愛の夫たるラブレイス卿にさえ許されぬことが、しかし、この、面頬を降ろした無貌の騎士には可能なのだ。それには幾つもの理由があるが、ここでは語るまい。

 ロードは恭しく床へ膝を突くと、頭を垂れた。
  玉座の“女王”へ、静かに申し上げる。

「お心を鎮められよ、レイディ・エイダ。恐るべき《大消失》は回避された。かの地も、更に遠き地へと赴かれた姫殿下もご無事でありましょう。であればこれより先は、貴女は私へとか弱き言葉を紡ぐべきではない。悔やまず、恐れず、政務に励まれよ」

「お説教という訳ね、誇り高きロード」

「御意に」

「この私にお説教をしてくれるのだもの。本当に、感謝しないとね。助かるわ。ええ、そう。そうですとも。私は自分を責めるでしょう、姫殿下が救われぬ限り、永遠に。たといこの空が失われた色を取り戻したとしても、あの清らかな少女が苦しむ限り、私は決して許されることがないのですから。私の“懺悔”に付き合っていただいて有り難う。誰よりも誇り高き我が騎士、ロード・クシナイアン」

「イエス・マイ・レイディ」

「さあ、楽しい政治の時間だわ。深く静かに数(すう)と戯れましょう」


 ──レイディ・エイダはゆっくりと瞼を閉じて。
  ──暫しの後、最新式モニターに映り込んだ赫色の数値が“0”を指して消えた。

 

























[Sharnoth of pitch black -what a beautiful tomorrow-] Liar-soft 24th by Hikaru Sakurai / Akira.
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