この時代、武器と言えばすなわち銃を指すであろうことは諸君もご存じの通り。銃。拳銃、小銃(長銃)、機関銃、等々、主に火薬を用いて金属製の弾丸を射出して対象を攻撃する武器である。15世紀前後に欧州で発明されたとされるこの武器は、やがて、それまで槍や剣、弓を用いてきた戦場の様相を一変させた。弓ほどの熟練を必要とせず、剣ほどの反撃の危険を有さないこの武器は、戦場の兵士だけではなく、平時の携帯用護身具としも非常に有用なものであった。

細かな経緯は専門書に任せるとして、ここでは現代における“武器”について記そう。当然、人々にとって最も親しみ(この言葉に些か抵抗感はあるが)のおけるものは銃であることは確実だ。ナイフもそうだと言えるだろう。人によってはサーベルもそうだと主張する向きもあるだろうが、アフガンやインドの戦役も既に過去のものである以上、平時の、街に在る武器といえばやはり銃とナイフが主なものだ。

騎士が剣を携えずに歩くようになってから既に久しい。極東における騎士(と似た身分を有する人々)は常に刀剣を刷くというが、欧州においてはそうではない。紳士がステッキを持つことは騎士が剣を帯びていた頃の名残りであると言われるものの、その実、刀身を隠した仕込み杖を持ち歩く紳士は統計上では数%であるのだし、やはり、長い刀身を持つ至近距離武器というものは現代においては現実的ではない。今や、儀礼的な存在である近衛の兵士がサーベルを刷くのみである。


刃の武器であるなら、やはり、ナイフだろう。勿論それにも大小はあるが、剣に比べて格段に容易に隠し持つことができ、戦闘行為以外にも役立つ。森へ入る機会を我々現代人は失ったが、取り出したナイフで肉厚のハムを切る父親の姿という印象は、些か前時代的ではあるものの、普遍的な庶民の父親像であることは否定できない。もっとも、武器としてナイフを用いる者という印象であれば話は別だ。揉め事があるや否やすぐさまナイフを出してしまう、憂慮すべき若者たちは、特に都市部で確かに存在する。多くはスラム地区の貧民の若者であり、血気盛んで喧嘩早く、新大陸から訪れたニューヨーク・ギャングの真似をしてナイフを構え、時に悲劇的な事件を起こしてしまう。過去、このロンドンを恐怖に陥れた“ジャック”の用いた武器もやはりナイフだった。ナイフ。それは、ある意味では銃よりも直接的な暴力の象徴、今や姿なき剣の子孫、原始的な破壊のかたちであるのかも知れない。


さて、ではそろそろ本題といこう。銃である。この、近距離から遠距離にまで幅広く用いられる飛び道具について、街で目にする機会があるとすればやはり拳銃だろう。ナイフと同等に携帯性と隠匿性に優れ、熟練はともかく、使用も比較的容易。か弱い婦人の細腕でも、子供の小さな手でも、同等の破壊力を対象へもたらすことができる、ある意味では恐るべき“平等”の武器であると言えるだろう。拳銃は、西部開拓時代を初めとする荒々しさの溢れた土地である新大陸で飛躍的に発展を遂げた。それまでの、一度撃ってしまえば次の弾丸を込めるのに手間と時間がかかっていた単発式から、弾丸の連装という画期的な概念を元に作られた回転輪胴(リボルバー)式拳銃が生み出されたのである。19世紀半ばには、薬包式であった弾丸にも金属薬莢式という効果的な発明が成され、拳銃は最も手軽で最も効率的な“手軽な武器”の地位を得たのである。ごくごく小型のモデルであれば、貴石や装飾を施すことで、護身具として貴婦人が隠し持つことも可能だろう。


(なお、ドイツ帝国では近年、トグル機構を小型化させることで成立する連発拳銃が開発された。ヒューゴ・ボーチャード氏の造り出したそれはボーチャード・ピストル/ボルヒャルト・ピストルと呼ばれ、回転式以上の装弾数と安定性を誇る強力な銃であるものの、比較的大型で、扱いずらいという欠点を抱えているため、さほど流通はされていない。噂では、通常のボーチャード・ピストルの他に、より大型で長銃身を持つ強力な型のピストルが開発されたともいうが、事実確認は未だ成されていない)


街以外の、戦場にも目を向けるのであれば、武器の種類はぐっと増えることになる。兵士の用いる武器・兵器である。拳銃やサーベルに加えて、長射程の銃である小銃(長銃・ライフル)、ベッセマー卿の生み出した蒸気機関式連発銃(機関銃と称される場合が殆どだろう)、新大陸で猛威を振るった大型の連発式銃器であるガトリング砲、大砲の数々に、カダスで開発されたというべき大規模兵器である圧縮蒸気砲の存在も忘れてはならない。噂によれば、カダス産の高破壊力兵器であるこれは、文字通り、極度に圧縮した蒸気を対象にぶつけて破壊するというものであり、大砲以上の大型の射出機構を必要とする──それが通説ではあったものの、現在では小型化が成されているという。どの程度の小型に成功しているかは定かではないが、理論的には地上に在るあらゆる物質を砕き得るエネルギーを生み出すというこの砲が街中で使われる可能性があるかと思うと、記者は恐怖の念を禁じ得ない。なお、圧縮砲の存在を噂に過ぎないとする風潮はまったくもって非現実的であり、記者は大いに異を唱えたいところであるが、それはまたいずれかの機会に譲ろう。これを記し始めると紙面が足りない。


最後に、街で見ることのある“かも知れない”武器について、ここまで記していなかったものについて触れておこう。機関式連発銃(短機関銃とも呼称される)についてである。一瞬で無数の弾丸を撃ち出すという、ベッセマー機関銃やガトリング砲に酷似した理念を持つこの武器の驚愕すべき点は、個人の携帯できるサイズであるということである。爆弾を用いるかのように、瞬時に数多くの命を奪うことのできる個人携行武器──実に恐ろしい武器ではあるが、しかし、これもまた噂の域を出ない。新大陸の銃器会社や各国の軍部が開発を行っている形跡は見受けられるが、未だ、成功の報は耳にしない。しかし、しかし、欧州の裏社会では密かにその完成品が用いられることがあるという噂が存在する。裏社会での大規模な抗争がドイツ国内で起こった際、影のような不気味な人物たちが、管楽器の如き奇妙な武器を掲げ、無数の弾丸を撃ち放ち、敵対する組織の構成員を屠ったというのだが、やはり、辛うじての証言のみで、他に確たる証は残っていない。


武器は我々の感じ得る以上に世界に蔓延している。ある財団の試算によれば、世界中の武器・兵器がすべて用いられたとするなら、世界の人口は1割を容易く下回ってしまうという。その日の訪れないことを記者は願うが、しかし、今日もどこかの機関工場で銃は生産され、ナイフは誰かを傷つけている。戦場であれば言うまでもなく。


武器よさらばと叫ぶだけの勇気を、我々が得られる日は来るのだろうか?

〜『The Daily Mail』1905年10月06日号記事より抜粋〜