それでね、パーシーったらひどいのだわ。くれるのならガーベラがいいわってアタシは言うのに、彼、何を買ってきたと思う? 百本のバラを買ってきちゃったのだから、それはもう驚いてしまって。ううん、それはいいの。とっても嬉しかったのだし。アタシがひどいと思ったのはその後。アタシがぽかんとしていたら、彼、何をどうしたか勘違いをしてしまったたらしくて。

「ごめんよ。ガーベラが百本用意できなかったんだ。でも、きみがそんなに薔薇が苦手だなんて思わなかったんだ。愚かな僕を許して欲しい」

……ですって!

アタシがもしその時いつもと違う顔をしていたらそれは感激してしまったのであって、怒ったり悲しんだりしていた訳ないのに。もしも、もしもよ、アタシが少しだけ涙ぐんでいたのだとしても、怒った訳でも悲しんだ訳でもないの。それを彼ったら……。え。なあに? もう録ってる? もう録ってる……もう録ってるの!?

や、やだもう、それならそうと早く言ってくださいな!


──こほん。初めての方には初めまして。そうでない方にはごきげんよう。アタシはメアリ。メアリ・シェリーよ。まだ入籍していないから本当はメアリ・ウルストンクラフト・ゴドウィンなのだけど、もう暫く前からメアリ・シェリーで通しているからいいの。成人まではまだあと何年かあるけれど、いいの。いいのったらいいの。もう、この名前で幾つか本も出してしまっているし。

そうね、本。本について話して欲しいということだったかしら。本。まさしく人類の叡智の結晶にして、幾世代にも渡って引き継がれる情報伝達手段! と、大仰に言ってみたけれどアタシもそう思っているわ。悪意を込めてペンを取ったのでないのなら、すべての文字と本には等しく価値があるのだから。


本。英国が独自に開発した機関式輪転印刷機のお陰で書籍の大量出版を可能としたということは、ご存じの通りだと思うけど、一応ね。欧州全土における製紙機関の飛躍的発展もあって、低コストでの大量出版が実現されていることは欧州が世界に誇れる偉業のひとつだと言っても過言じゃないと思うわ。カダスの、北央帝国のほうでは法律が厳しいせいもあって、殆どの本は市民の手には入らないようになってるんだから。英国の人は、カダスと言ったら機関の聖地とばかり思っているかも知れないけど、確かにそうではあるのだけど、必ずしも羨ましいことばかりじゃないというのは知っていても良いと思うわ。あの、恐ろしい、鈍い鉄色の機動要塞とか。英国風に言うと、飛空要塞ね。軍隊なんて何処の国もろくなもんじゃないのだわ。


こほん。話が逸れてしまったわ、ごめんなさい。ともかく、教育制度の拡充が図られるよりも先に大量出版が成し遂げられたことで、識字率もぐんぐん上がって、街路孤児でも字が読めるようになったのも、今に続く出版の流行に無関係ではないと思うから、一応、触れておいたという訳。もっとも、識字率云々だなんて、アタシが生まれるより60年以上も前の話なのだから、すべて、本の受け売りなのだけれどね?

そう、本。分厚くて何冊も何冊もある壁みたいな百科事典から、鞄の中にちょこんと入る本まで、大小さまざまな本が英国で流通しているのも、ご存じの通りね。アタシの得意分野は、結構持ち運びやすいほうじゃないかしら。小説、あとは詩ね。詩集ってあんまりきちんと流通しているイメージがアタシにはないのだけど、ミューディーズで探して貰えば多分あるから。え。貸本って素敵なシステムよね。図書館と違って、お金がかかるというのがいいわ。ディケンズ先生のお陰もあって出版社や著作権にもある程度はお金が入ってくるように法律が制定されているというし、やっぱり知識というものにはそれなりの対価が必要だとアタシは思うの。結局のところ、国立中央図書館も大英博物館図書室も、結局のところは税金で運営されている以上、タダなんてことはないのだし。


本の中でも最近で特に流行しているのは、小説ね。あたしはあまり憶えていないことなのだけど、前世紀からの流行ということになるのかしら。紳士淑女からイーストエンドのおかみさん、学校に通う子女にまで幅広く浸透している、そうね、もう娯楽と読んでも良いのかしら。劇場や映写機関上映会場に通うのはどうしたってお金がかかってしまうのだし、必ずしもすべての市民が楽しめるとは限らない故に、大量出版体制のお陰で比較的安価に流通する小説という媒体は、英国の、いいえ、欧州の多くの市民に受け入れられることになったの。文学が娯楽に零落した、だなんてことを言うひともいるって聞くけれど、アタシはあんまり気にしたことないわ。理由は、うーん、長くなるから割愛っ!

小説。文字を読み進めるだけで、物語を味わうことができるもの。これも前世紀からの流行になるけれど、小説といえばやっぱり“挿絵”が欠かせないわ。物語の情景を克明に切り取って“窓”のようにして読者へ見せてくれるそれは、小説というものの機能性を格段に上げてくれたとアタシは思うの。ここ暫くで光っているのは、そうね、やっぱりビアズリーよね。オーブリー・ビアズリー。彼の描いた『サロメ』の挿絵、見た? すごいんだからもう……ほんとにもう……。彼の、大胆で力強く、けれども繊細さを失わない筆致はまさに天才的なのだわ。彼、病弱で、いっつもケホケホしているけれど、そこがまた良いのよね……。陰のあるあの横顔がちょっとパーシーと似てるところが一番素敵なところなのだけどね?


ん? 最近の作品で興味深いものはあるかって? そうね、うん、さっきも触れた『サロメ』はいいわ。背徳的で美しくて、さすがは戯曲の名手オスカー・ワイルドおじさまね。最初はパリで出版されていたのだけど、そう、フランス語でね。つい先月にようやく英国でも出版されて、これがもう大人気だって聞いたわ。

初版は少し前だけど、新装版が先日に出版されたばかりの、ブラム・ストーカー先生のお書きになられた『ドラキュラ』もいいわ。怪奇小説だなんて分類は似合わないと断言できるほどの素敵な小説なんだから。怖いけど。ええ、分類されるだけはあって、怖いところは、やっぱり怖いわ。まるで本当に見てきたかのよう。

アタシが読んだのはフランス語版だけど、来月に出版が予定されているアナトール・フランス先生の機関革命物語『神々は乾く』も良いし、去年の末に出たアーサー・マッケン先生の『パンの大神』も震えるほど素晴らしいわ。ロマン・ロラン先生の『ジャン・クリストフ』も先が気になるわね。ダンセイニ卿がカダス伝承を原案に執筆された『ベガーナの神々』もとっても興味深い。

他には、そうね、別にアタシは全然興味がない話でいいなら、うーん、顔は綺麗だけど小生意気で嫌味っぽいあのルイス・キャロル少年がカダス東部の王侯連合での取材を元に書き上げた都市物語『不思議の国のアリス』もなかなかね。真面目に読もうとすると頭が痛くなってくるけれど、ベッドに入る前に読むと、夢の中へ入り込むみたいにわくわくするわ。書いているルイス本人はあんなに嫌味なのに、書くものは素敵なんだから腹が立つわ。何かあるとすぐにアタシに突っかかってきて、ほんと、年下のくせに生意気で嫌な子。書くものは素敵だけど。

そうそう、他にはね、ダイムノベルにも面白いものがあるわ。新大陸で生まれたとっても安価なパルプの本でね、近頃は英国にも幾らか輸入されているの。お年を召された先生方は下らないって怒ってらっしゃるようだけど、あれはあれで味わいがあるとアタシは思うのだわ。ええ、そう、幾つか取り寄せて読んでみたの。新大陸の、やっぱり西部時代の話が胸躍るわ。エイダ主義的には結構前時代的な描写が多いけれど、英国文学にはない荒々しさと逞しさは興味深いと思うの。ええ、そう、ガンマン。英国にはいないでしょう、ガンマン。中でもアタシは、匿名の牧師さまが書いたという西部劇が大好きなの。2丁拳銃使いの少女を主人公とした快活な冒険物語なのだけど、どこか──

え?

もう新大陸にもガンマンはいない? 西部開拓時代は1890年に終わった? あら、そうなの……。それは残念なのだわ。一度、アタシも、本物のガンマンをアタシも見てみたかったのになぁ……。

〜『The Daily Mail』1905年10月03日号記事より抜粋〜