空の“隙間”。ご存じ、我らがロンドン、ハイドパークはクリスタルパレス跡公園の直上に見ることのできる灰色雲の僅かな隙間である。もしも諸君がパレス跡公園へ足を運ぶことがあれば、いずれの日であうと、眩い陽光溢るる輝ける空と、それを見上げる数多くの人々を見ることになるだろう。1904年12月のあの時より、ロンドンに住まう人も、諸外国より訪れる人々も、パレス跡から空を見上げるようになった。これを読む諸君がロンドン在住であるならば、無論、言うまでもないことであろう。

機関革命に伴って人類の生存圏すべてへと蔓延した機関(エンジン)群の生み出す排煙は、空をゆっくりと染め上げ、やがて、大機関(メガ・エンジン)の量産化に伴って加速度的に増加してゆく排煙の群れは、輝ける太陽と大地との間に分厚く立ちこめ、永遠に晴れることはない灰色雲と化したという歴史的事実は、セント・パンクラスやボドレー図書館に残された記録に加え、老人たちの昔語りにある通り。人類は空の青色を失って久しかった。そう、運命の1904年12月25日の朝までは。

およそ現在より1年ほど前(編集部注:正確には9ヶ月前)のこと、ハイドパーク・エリアの一角、かつて開催された第1回ロンドン万博においてクリスタル・パレスが建造されていた場所、現在では広大な跡公園となったその直上──空へと出現した“隙間”は、驚嘆と喝采を以て人々に受け入れられたことは記憶に新しいだろう。突如として空に生み出された異変に対し、畏怖の念を口にするものがひとりもいなかったというTIMESの当時の調査記録は現在では些か疑問視する声も上がってはいるものの、そのことと、英国国教会並びにローマに法皇猊下(さらにはチベット・ブッディズムの高僧も同意したという記録もある)が翌1905年の1月6日に“隙間”を正式に“奇跡”と認定したことは、無関係であるとは言い切れぬほどの説得力と神秘性を有してはいないだろうか。

この“隙間”が確認できるのは、不可解なことにパレス跡公園でのみであり、一歩でも外に出ると何故か見えないということも、神秘性を高めることに一役買っている。

さらに驚くべきことには、こういった不可解且つ空の“隙間”が、世界各国の大都市に必ず一箇所は存在しているという。人口比が関与しているという説もある。これまでに、計7つの“隙間”が確認されているが、それらのすべて、人口100万を超える大都市であることは特記しておくべきだろう。

唐突な余談ではあるが、一部の老人たちや幼い子供らの噂では、隙間に「青空」が見えるという。けれど、冗談でそう言う人はいても、実際に見えるという人間は誰も現れていないという。見えるのは、隙間から差し込む眩い陽光のみ。色に喩えることは難しいが、言うなれば、白き光の色であろうか。

青空の意味するところを皆が失ってしまっているのだ、それが故に人々は目にすることができない──とフランスの若き詩人ルネ・シャールは語っている。勿論、詩であるからにはもっと優美にではあるが。詩の全文をお読みになりたければ『ル・フィガロ』紙の1905年6月23日朝刊を一読するべし。実に興味深い見解と、詩情に充ちた素晴らしい詩である。

ルネ・シャールの詩の通り、年若い人間は誰も、以前の空の姿を知らない。記者もそれを目にしたことはない。ましてや太陽など、大昔の篆刻写真の白色と黒色のものでしか覚えはない。

果たして“隙間”に溢るる白光の向こうには、青色なる真の空が広がっているのかどうか、不幸にして若輩なる我々は知ることができない。記録や、老人たちの昔語りで知識のみを得ることはできるだろう。しかし、それは知識であって、決して確かな経験ではない。記者はラツダイト支持者たちの暴虐さを憎んで止まないが、それでも、こうしてパレス跡公園のことを思考する時、機関群の生み出し続ける排煙へと意識を向けざるを得ないのである。

ちなみに。空が見えるほど灰色雲が割れて“隙間”が生まれるのはロンドンでもパレス跡の一箇所のみであるが、時折、ロンドンの別の場所でも、ほんのわずかな雲の裂け目から“陽射し”が降り注ぐことがある。これは“隙間”と違って法則性は特にないと言われているものの、テムズ沿岸部では滅多に見ることができないという。

灰色の空から時たまに降り注ぐこれらの“陽射し”を目にした時、多くの成人男女は、望郷の念を覚えるとも言われる。パレス跡の“隙間”についても同じことが言われているが、記者の経験からすれば、浮かぶのは、必ずしも望郷の念とは限らない。例えば記者の場合は、先述の通り、真なる空の青へと想いを巡らせてしまうのだから。この望郷という噂については、些か記者は疑念を抱いており、当局の情報操作の可能性も否定できないと記述せざるを得ない。カダス地方のとある大帝国においては、空の青色を語ることは不敬罪もしくは反逆罪と見なされるという事実がある以上、我が欧州、我が英国についても青空なる過去の遺物を政府当局が快く思わぬ可能性は十二分にあると言えるだろう。事実、前回記事で“隙間”と青空についての記事を発表した際も、再三、当局が検閲を口にしたものであるが、流石にこれは余談であろうか。

折角であるから、ここからは完全な余談を記することとしよう。フランスはパリ大学に在籍する高名にして年若き碩学であるキュリー博士の研究により、この陽光には人体及び肌に有害な紫外線なる光線が混ざっているとの発表が成されたが、未だに信じる者は多くない。

実は、先日、偶然にもマリ・キュリー博士とまみえる幸運を得て、インタビューを行うことに成功している。

「あんたたちは、まあ、信じられないんだろうけどね。太陽は別に神さまって訳じゃあないの。オリエントやら南米の神話じゃあるまいし。あれはただの恒星で、昼間に空が明るいのもどっかで“隙間”から光を注いでるのも、全部その太陽から放たれる可視光線ってワケよ。他にも色々降り注いでるんだけどね。どっちかって言うとあたしの専門はそっちであって、紫外線が肌に悪いなんて当然の話をいちいち取り上げられちゃって、もー、迷惑なのよ。迷惑。いいこと? こちとら専門は放射能なのよ。放射能。大変なのよ、いきなり《万能王》閣下からすんごい量のピッチブレンドと何か変な緑色の石みたいのが送られてきてさぁ。そそ。文句のひとつも……そうだ、あんたのとこの新聞はカダスで発行されないの? されない。ああそうですか。それで、何の話だっけ?」

〜『The Daily Mail』1905年10月02日号記事より抜粋〜