前世紀に比べ、この20世紀におけるロンドンという都市の姿は大きく変化したと形容できるだろう。機関革命に伴う、機関都市と成立するまでの機関技術の氾濫と大型機関工場の増加? いいや違う、それは既に19世紀に行われた業績であってこの20世紀に生まれたものとして殊更に述べるものではない。

都市の空を見上げて貰いたい。灰色の空。とは言っても、空に生まれた“陽射し”とハイドパークの“隙間”についてはまた別の機会に解説するので、今回は空そのものを見る必要はない。見て貰いたいのはその手前、地上と空の間に在るものだ。そう、すなわち、ロンドンの地上と空との間に建造された複合超高層高架(メガ・ハイウェイ)である。

複層構造による超高層ビルディングを支柱とし、ロンドン全土に張り巡らされた高架。時に輸送の要でもあり、時に企業や公共施設の有する超大型機関(メガ・エンジン)を擁する尖塔でもあるこれらの超高層高架は、前世紀から大規模な都市計画によって建造されてきたが、20世紀初頭である現在は完成した姿を見せている。

本来は20世紀半ばの完成を予定していたはずのこれら超高層高架は、ごく近年にカダス地方よりもたらされた「インガノック・テクノロジー」の異端技術である多層型都市建造のノウハウを用いることにより、劇的なまでに建造効率を上昇させ、我々を驚愕させるに十分なほどの建造期間の短縮に成功したのである。未だに生存説が後を耐えない天才碩学レオナルド・ダ・ヴィンチ卿(歴史上の人物であり遙か過去に没した彼がこうしてカダス地方から貴族位を賜っているということも、タブロイドにて信憑性皆無の目撃談が囁かれる原因のひとつであろう)が一夜にして「インガノック・テクノロジー」を建造計画とへ組み込んだのだという突拍子もない噂がまことしやかに流れているが、決してそのような夢物語などではなく、我が英国と北央帝国の頭脳が結集し、無数の建築技師や労働者のたゆまぬ努力があったからこそ計画は成ったのだという事実を忘れてはならないだろう。

1905年現在、複合超高層高架は予定されていた全基が完成し、本格稼働を始めており、ロンドン上部を見事なまでに縦横無尽に覆い、ロンドンのその他の一般的建築物を高層化させる要因ともなっている。

さて、これらの、偉容を伴って我々の頭上を交差する超高層高架ではあるが、一体なぜこれらが建造されたのかを皆さんはご存じだろうか。ロンドン市民であれば全員がおわかりのことだろう。そう、政府発表によれば、超大型機関の設置を地下から超高層高架の「支柱塔(タワー)」部分へと段階的に移行させることで「超大型機関のもたらす煤煙公害」を防止することが目的であるという。正式な発言ではないものの、ヴィクトリア女王陛下がこの計画を望んだという、さる情報筋からの話もある。

確かに、我々の鼻や口から入り込んでしまう無数の排煙や煤は、肺を蝕む蒸気病をもたらすことで知られており、それを問題視する一部政治家や貴族、碩学たちの声もある。最大の排出量を伴う超大型機関の設置場所を変えることができれば──具体的に言えば大型煙突の高度を遙か彼方へと遠ざけることができれば、市民の肺はこれまでよりも格段安全になることは間違いない。しかし、この計画を、慈悲に溢れたヴィクトリア女王陛下の心遣いやも知れぬ計画を批判する者がある。隣国フランスを初めとする欧州各国である。

超複合高層高架。これは、カダス地方の独自兵器であり欧州では未だ研究段階にある「飛行要塞(もしくは機動要塞)」なる空中展開兵器の侵攻を阻むための大型防衛兵器であり、条約に違反したものであるという批判・非難である。謂われのない非難である、と断ずることは容易ではあるものの、ここではあえて中立的観点から鑑みることとする。史上初の大型機関兵器であると噂される「飛行要塞」についての情報は、我々欧州の人間には多くが伝えられていないものの、カダス地方、特に我が英国と国交を結んでいる北央帝国空軍の兵器として確かに存在している。件の「飛行要塞」は地上からの迎撃を不可能とする恐るべき兵器であり、高々度から超長距離射程の砲を一方的に地上へと撃ち放つ、「無敵」の異名を持つ悪魔の機械であるという。

各国の主張によれば、ロンドンにて展開されている複合超高層高架は、これらの「飛行要塞」を迎撃するための砲塔設置機械であるという。事実、弊紙が独自に調査及び計算を行ったところ、超高層高架上で大型の列車砲を用いたと仮定すれば、本来は如何なる射撃も届かないはずの「要塞」の高度へと砲弾を到達させることが可能であるとの結果が算出された。ただし、これはあくまで独自調査であり、英国陸軍や北央帝国空軍の協力によって緻密なデーターを得た調査であればまた別の結果が出る可能性があることも記しておく。また、英国において、大型列車砲開発の計画は発表されてないことも記しておく。──ただ、英国陸軍は超大口径の砲台と超長距離射程の蒸気列車砲の開発を進めており、これらの新型超射程兵器群の設置点が超高層高架上には存在しているとの信憑性不明の告発が多々存在することも記しておくべきとも思われる。


不穏な話が続いてしまったが、複合超高層高架がもたらしたものはささやかな国際非難と不安だけではない。事実として、著しい増加の一途を辿っていた蒸気病の罹病者は、昨年度の調査結果では一昨年の50%の増加率へと抑えられており、さらには、別の方向から人命を守る結果をも生み出している。

これまでにも人権的問題を有すると識者の間から問題視されてきた「煙突掃除の子供たち」についての法整備である。彼らの多くはイースト・エンドやテムズ南沿岸地区の孤児であり、高層化しつつあった機関工場や高層建築群の煙突を煤と排煙にまみれながら清掃を行うことで日銭を稼いでいたものの、複合超高層高架や高層建築の機関排煙を吹き上げる煙突はあまりに高く、僅かな事故でも死に繋がってしまうという厳しい事実があった。これを憂えた一部の政治家たちは、全世界で初と言える「児童保護法」なる新たな法案を成立させ、如何なる児童も機関煙突清掃のために雇用してはならないと定めたのである。この法案の成立と前後して、件の政治家たちと繋がりの深い企業が清掃用自動機関の開発成功と量産化開始の発表を行うのであるが、この疑獄に関しては当紙の政治面記事をご覧いただきたい。

かくして、我が英国の若い命が無碍に失われるという事態はある程度の改善を見たのではあるが、親もなく家もなく、商業区の裏通りなどに設置された街路施設(ストリート・コフィン)でかろうじて雨露をしのぐ孤児たちが、当法案の意義を実感できているかどうかは、また別の話である。当紙のインタビューに対して、クィーンズ・ストリートの路地裏やベーカー街を根城にする孤児ふたりはこう答えている。

「割のいい仕事だったんだよ。大人たちじゃ体がでかいから屋根に登るのだって一苦労だろ? 煙突の中に入るとなれば、なおさらさ。だから俺たちみたいのにも、1日に1枚か2枚は工場製のパンを食べられるくらいの給金が貰えてたってのにさ、突然、煙突掃除は禁止だなんて言われてさー。ほんと迷惑だぜ。イーストエンドのスラムあたりを駆け回って食いぶち稼ぐんなら、ビルの煙突掃除のほうがまだましだってんだ」

「だってんだ」