電信通信機(エンジン・フォン)。ご存じ、電気信号に変換した文字情報や音声を遠方へと伝える機関機械である。送信側と受信側の双方に同機能の機械が必須であり、片方だけては通信が成立しないというのも諸兄はおわかりだろう。

さて、機関革命当時におけるこれら『電信通信機』は中型の機関機械を用いて電信文をカード式で送るものが殆どであり、音声の送信を可能とする形式の登場は1850年を待たねばならなかった。そこからさらに音声の送受信、同時双方向対話を可能として遠方との会話を成立させる現在の通信形式、つまり会話式電信通信機の発明が成されたのが1890年年代のこと。しかしこれも中型の据え置き型機関機械を必要とし、優秀な碩学機械といえどもやはり据え置き機械となるのが常であった。

革新的な発明が成されたのは2点、どちらも1900年前後、輝ける蒸気機関文明の新世紀たる20世紀前後のことである。

1点目は、映像の送受信。遠く離れた対話相手や、その相手のいる地点からの視界をリアルタイム送信する技術である。これはカダス地方最大の国家たる北央帝国にて開発された最新鋭の技術であり、特別製の碩学機械である。未だカダスにおいても量産化は成されておらず、一部の貴族や空軍幹部にのみ使用を許された稀少なものとされている。ここ英国においてもその稀少さは変わらず、女王陛下や、一部の政府高官のみが、北央帝国より供与されたこれらの機械を用いているというが、未だ噂の域を出ない。

2点目は、機械の超小型化。北央帝国の──ひいては人類文明の至宝たる《十碩学》がひとり《機関の女王》レイディ・エイダの手による発明である。カダスのタブロイド紙が伝えるところによれば、かのレイディ・エイダはある日、何度目かになる夫君ラブレイス伯爵との再婚を控えて憂鬱となり、手慰みに電信通信機を分解・再構築しているうちに超小型化に成功したとされている。真実かどうかは兎も角、レイディ・エイダがごく短期間でこの新技術を編み出したことだけは確かである。
偉大なる彼女はその後、周囲のごく親しい知人・友人に、紳士であれば服の内ポケットへ携えることさえ可能なこの超小型電信通信機を配り、各人の反応を確かめたという。しかし量産化に際してはコスト的問題が残り、稀少な碩学機械であるという位置付けが変わることはなかった。

その状況を変えることとなったのが、ごく近年のカダス地方に発生した「インガノック・テクノロジー」なる技術革新である。これは小型化を主流とした新たな技術的概念の総称であり、現在では「サイバネティクス」と呼称される有機物への機関機械の組み込みなる最新理論の基礎となる概念でもあった。(サイバネティクスは未だに理論上の存在であり実用化は成されていない、とここに明記しておく。巷の噂やタブロイドの書き散らす駄文では機関を肉体に埋め込んだ人間なる突拍子もない言説が飛び交っているものの、それはあくまで噂であり、事実とは異なっている)

この新しい概念を得たレイディ・エイダは、その聡明な頭脳によって、瞬く間に超小型電信通信機の量産化を成功させた。大規模な軍事国家である北央帝国ではまず軍人の間でこれらの電信通信機が普及し、それより半年が過ぎた現在では広大な国土に充ちる臣民の間にも普及したという。

我が英国、特に機関都市ロンドンにおいては、カダス北央での普及に先がけて市民の間にこの超小型電信通信機が普及した。レイディ・エイダは軍事優先の自国よりも文化との親和性の高い英国へ最優先にこの技術を供与したのだという噂もあるが、やはりこれも事実かどうかを確かめる術はない。

やがて、これらの超小型電信通信機は、我が英国では『携帯型の電信通信機』と呼称され、現在では『電信通信機』の一語がすなわち携帯型、超小型の電信通信機を指すものとなった。一般化は瞬く間に進み、もはや、中流階級の子女の間では、宝飾品ブランドから発売されている宝石つきの電信通信機が流行しているとさえいう。すなわち、もはやファッションの一部としての定着化までが行われているのである。この現状に対して、偉大なるレイディ・エイダは当紙のインタビューにこう答えている。


「私たちは女の子ですもの。お洒落をするのは当然でなくて?
本当、西享の子たちは開放的で文化的で羨ましいわ。私のお友達なんて堅物ばかりで、この間もティファニーの電信通信機をお贈りしてさしあげたのに、自分には勿体ないものですだとか、あまり華美なものは云々とか縮こまってしまって。ええそう、ティファニーの。あなたがたの、西享の、確かそう、フランスというお国のブランドなのでしょう? 私、こう見えて大好きなのよ、フランス。旗の色も美しいし。
ともかく。質実剛健が我が国の美徳であるなんて言い草は、旧貴族が臣民のみなさんの不満を反らすための方便だというのにどうにも信じ込んでしまう子が多くて……あら、なあに? 記者さんったら青い顔をして。今のは記事にしないほうがいいですかって? そんなの、別に構いはしないわ、すべて本当のことなんだから。お話ししたことはすべて記事になさって下さらないと、困るわ」



〜TIMES1905年10月01日号記事より抜粋〜