蒐集箱サンプルテキスト(第二弾-現在編)
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■星継駅年代史(現在編)
(以下、本編より抜粋)
 細階段はそのまま煙草商の裏手を犬走りに廻り、二人は裏ッ側の通りの上高くに張り出した足場まで辿り着いて、ようやくの一息をつく。瑛はオーバーオールの胸元を摘んで扇ぎ風を通し、トゥアンはバンダナを巻き直し、鼻梁の白い傷痕を拭う。汗が乾くのも待たず、足場の片隅に切られた、落とし蓋を外して潜り降りると、下は猫の額のようにちんまりとした整備工房で、工具や機械部品の散らばる中に、跨座[こざ]式の単軌鉄道[モノレール]が控えていて、まるで二人を待ち受けていたかのように。


 裏ッ側の、不揃いな寄せ木細工のような眺めを眼下に、単軌鉄道[モノレール]は長閑にごとごと身を震わせながら、屋並みの上を滑り、建物の峪間を縫い、通り過ぎゆき、ちょっと遊覧行めく。
 跨座[こざ]式の単軌鉄道[モノレール]といえば大層な代物だが、実態は一人が乗れば満杯の牽引車に、二台ばかりの台車を繋いだ、電車ごっこに毛が生えたような体裁であったが、トゥアンには大いに感興覚えさせた。


 本物のように動く、出来の佳い玩具というのは何時だって少年達の心を快味でくすぐるものだし、ましてこちらはなりは小さいながらも本物、この小型単軌鉄道[モノレール]、発車の前にちゃんと軽油を注いで、発動機もバネ紐式[リコイルスターター]で初動にロープを引っ張って、という正式の手続きを踏む必要がある。そうやって動かすのにがちゃがちゃ手順を踏むのは、面倒であると同時に、男の子にとっては世界の歯車を正しく運行させているにも等しい喜びを与えるもの。

トゥアン「面白いな、この単軌鉄道[モノレール]。なんか遊園地の乗物みたいだ……ちょっと僕にも運転させちゃくれないか」


 また瑛が小型単軌鉄道[モノレール]をいかにもやすやすと操作していて、トゥアンは後ろから羨望に覗きこみ、大人しくしていられず頼みこめば案外あっさりと。

瑛「別にいいけど、動かしかたとかわかんのか?」

トゥアン「今瑛が運転してたのを見て、大体覚えた」

瑛「それでか、さっきから、なんかやけにボクの背中に張っついて、手元じろじろ見てたのは」

瑛「首筋が鼻息ですぅすぅして、やべぇ、トゥアンがいよいよホモに走った、そのうちボクは掘られんじゃねえかって、びくびくものだったぜ?」

トゥアン「だからやめろよ、そういうのはさ……僕を変に意識させてどうするつもりだ。ああまずい、君ゃ元々色白だし、細っこいし、男ってよりもその……」


 実際、瑛の骨格は華奢で、背後から覗いていたときも、項のあたりからオーバーオールの胸元までの線などは、つい内側を目を忍びこませてしまいそうになるくらい柔らかで瑞々しく、見慣れたつもりではあっても、不意打ちのようにどきりとさせられたの事実。
 だからトゥアンとしては、やり返し、笑い飛ばしてやるつもりだったのに、瑛の方が逆捩じになった。

瑛「トゥアンこそ、まぁた人を女扱いしやがったな? もう何度もボクのちんこは見たろ、なんだったら今ここでも見せてやろうか?」

トゥアン「瑛、前、前!」


 運転台に腰を浮かせ、背を捻って躊躇なくオーバーオールのジッパーに手を掛ける瑛の背後に、迫るガードと『新世界触手紀行』とかなんとか言う意味不明の看板の、トゥアンは慌てて前へと注意を差し向ける。


 瑛も背中を撃たれる前に気づいて運転台に収まり直せば、頭上を滑っていくのは車輌の台車の下部構造、どうやらガードと見えたのは建物の間に通路替わりに架け渡された廃車輌だったらしい。

トゥアン「人のことホモって言っておいて、なんで瑛の方が怒り出すんだかな……で運転、やらせてくれるんじゃないの」

瑛「あ。ああ、ちょっと待ってろよ、もうちょっと行ったとこでいったん停めてちんちん焼き買うから、そん時に交替してやっから」


 すぐに鎮まって、さっきまでの怒気はどこへやら、交替を約束するのが気前よく、この感情の移り変わりの激しさは、良きにつけ悪しきにつけ瑛の特徴なのである。

トゥアン「またそうやってちんちん言う。君はちんこネタ好きすぎだろ」

瑛「違うっつーの! そういう屋台なんだよ、昔っからそういう名前なの!」


 股間にぶら下がるモノを話のネタにするというのは、少年時代誰しも通過する道で、瑛にも図星であったのか、またすぐムキになり、トゥアンの方も判っていて仕掛けている節があり、[もつ]れ合い転がり合う仔犬と大差ないのだった。
 やがて単軌鉄道[モノレール]は、廂を接し合う、メイド派遣業『家政のプリンセス』と成年漫画専門『まんげだらけ』の狭苦しい合間を潜り抜けて、軌道のすぐ際へ、壁から露縁を直接張り出させた売り台の前で一時停車。


 この売り台も軌道と同じく通りの頭上高くに位置して、乗降用の梯子も無く、この小型単軌鉄道[モノレール]専門の屋台としか見えない、相当尖った商店展開をしていて、裡でしきりに金型を引っ繰り返していたのは、揃いの詰め襟、ズボンの制服に帽子の、駅の平駅員の一人なる。


 この平駅員達、文字通り駅に数えきれないほどあって、誰も彼も細身で似通った背丈。貌立ちも前髪が双眸に被さっている上に皆似通っている中性的な風貌、故に個々人の識別と性の判別がどうにもつけがたい。
 どういう仕組みになっているのか定かならねど、みんな同じ貌、声、姿で駅のあちらこちら何処にでもいて、様々な雑務をこなしているのだが、こんな『裏ッ側』で出会ったのは初めてで、トゥアンは少しばかり呆気に取られた。

平駅員「えーちんちん焼きー。ちんちんあるよー」

平駅員「ちんちんじゃないけどちんちん焼きだよ熱々でほっかほかのちんちんだよ。いやちんちんと違うけど」


 その平駅員が何度も連呼しているのがつい先刻瑛が放り出そうとしていたのと同じものに聞こえてならず、トゥアンが怪訝に手元を眺めれば、年季入って油照りした金型の蓋が開けられ、焼き目を付けられていたのはふっくらとして円い生地、ふわりと甘い香りが優しく立った。
 卵やら小麦やらを捏ねて丸め、焼いた粉モノなトゥアンにも覚えがある。

トゥアン「なんだ、ベビーカステラのことか」

平駅員「ちんちん焼きって言うんだよ。程良い甘さのちんちんいかが。と言ってもちんちんとは違うンだってば」

平駅員「ちんちんじゃないって言ってるじゃないかっ、なのになんでみんなちんちんちんちんって。ヒドイや、うああああんっ!」


 呼び売りしながらせっせと金型に粉を流しこむ平駅員は、売り物の名を連呼しつつも否定を繰り返し、執拗に過ぎて、彼だか彼女だかの精神の、末期的な崩壊を予感させるほどなのに、それがこの裏ッ側の建物の煤けた峪間の風情と奇妙に調和して妙味を呼んでいた。


 その景色の面白さに合わせたつもりか、瑛もわざとらしく語尾を変に引っ張って、

瑛「ちんちん二つくれええええ」

平駅員「あ、毎度どーも。はい、ちんちん二人前。二人のちんちんってコトじゃないからね。あい、お釣りさんじゅうまんえん」